ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

ソリナス

 兵士の言葉に部屋がざわついた。
 「馬鹿な……ノーザストはそこまで傲慢なのかっ!」
 「しかし、後十六時間しかないぞ、早馬でもメノラまで辿り着く事すらできないぞ。」
 「みなさん、落ち着いてください。」
 ざわめきが大きくなる室内にルノアの声が響いた。


 「時間がありません、今からすぐに仁志様の計画を進めます。一時間以内に準備を行い、仁志様、ドラガルド将軍、ソリナスは私と共にメノラへ向かいます。他の兵士達は準備が出来次第メノラに向かうように。後続軍の指揮の選任はドラガルド将軍にお任せします。」


 「ルノア女王、まさかグリフォンを……?女王自ら戦地に赴くなど危険過ぎますぞ!」
 珍しくドラガルド将軍が焦ったような口調になる。


 「今から時間内にメノラへ着けるのはグリフォンだけです。それにグリフォンを扱えるのは王家の血を引く私だけなのですから。」
 ルノアはきっぱりと言った。
 「それに私は仁志様の作戦が上手くいくと信じております。」


 「~~~~~~~。」
 ドラガルド将軍は困ったように頭をかいたが、やがて意を決したように顔を上げた。
 「分かりました。女王の命はこのドラガルド、命に代えてもお守りいたします。ソリナス!お前はルノア女王と仁志殿の準備を手伝え!一時間後に暁闇の間に集合だ!」
 「はっ!」
 ドラガルド将軍はそう言うとズカズカと部屋を出て行った。
 部屋内は俄かに慌ただしくなり、みな散り散りに出て行く。


 「ルノア女王、こちらへ。」
 部屋の隅で待機していたマッキネーが女王を連れて行った。


 「では我々も行きましょうか。」
 それを確認したソリナスが俺を促した。
 「あ、ああ。」






 「しかし、驚きましたよ。まさかあそこまで凄いとは。」
 廊下を歩きながらソリナスが俺に話しかけてきた。


 「あれだけの膂力を見せられては流石に貴方がこの世の者ではないと信じざるをえませんね。」
 「信じてもらえて何よりだよ。」
 歩きながら適当に相槌を打つ。


 「私の投げたナイフがいつの間にか返っていたのは高速移動ですか?眼で追うどころか、移動した事すら気付いてない人もいましたね。まさに人間を超えた超人というほかない力だ。仁志様がいた世界は我々の言う神魔の世界なのかもしれませんね。」
 「いや、これは俺が元々持っていた訳じゃなくて、こっちに来る時に獲得した力なんだ。だから自分が他にどんな能力を持ってるのかよく分かってないんだよ。」
 「……なかなか興味深い話ですね。この世界に来たことで能力を手に入れたという事はその時に魔力も手に入れた可能性があるのでは?」
 「それはどうだろう。ルノアはこの世界に来る時に魔素を取り込んだじゃないかと言っていたけど……」
 そこまで言いかけて俺は言い淀んだ。


 この話はして良かったのか?
 さりげない会話に見せかけて俺の情報を引き出そうとしているのでは?
 さっきの会話でもソリナスの底知れなさは分かっていたはずなのに、俺はまるで明日の天気でも話すように俺の秘密を話していた。
 背筋に冷たいものが流れる。


 「悪い、その辺の事は俺もよく分かってないんだ。俺にどんな能力があるのかも今のところよく分からない。今言えるのは俺にさっき見せた能力があるって事だけなんだ。」
 これは事実だ。
 実際自分に何が出来るのか、自分でもわかっていないのだから。
 しかし、それでソリナスは納得しただろうか?
 「そうですか……それは仕方ありませんね。」
 ソリナスは何でもないかのように答えた。
 このソリナスという男、結局何を考えているのか未だによく分からない。


 「今回のノーザストの軍ははおそらく先遣隊でしょうし、先ほどの仁志様の力があれば十分かもしれませんね。」
 「そうだと嬉しいんだけどな。」
 「しかし、これであなたは女王殿下を戦場に連れ出す事ができた、とも言えますね。」
 その言葉と共にソリナスの足が止まった。
 「……それはどういう意味だ?」
 「言葉通りですよ。
  貴方はこの国を救うために戦場に赴く、しかしそのためには女王殿下も貴方を伴って戦場に行かなくては行かなくなったという事です。」
 「つまり、あんたは俺がルノア、女王を戦場に連れていくためにこの作戦を考えたと思ってるのか?」


 盲点だった。
 確かに見方によってはそう取られてもおかしくはない。
 俺がノーザストと結託して女王を戦場に連れ出す状況を作り上げたと言われれば、そうではない事を示す証拠はなにもないのだ。
 そして女王を戦場でのどさくさに紛れて暗殺する気なのでは、と言われれば……


 俺はソリナスを見た。
 ソリナスも俺を見ている。
 その瞳からは何の感情もうかがえない。
 何秒経っただろうか、ソリナスの顔がふっと緩んだ。
 「冗談ですよ、冗談。貴方の力があればわざわざこんな手間をかける必要なんかない。それに女王殿下は貴方を高く信頼なさっています。私も女王殿下を信じていますから。さ、早く行きましょう!」


 そう言って踵を返し、廊下を進んでいった。
 俺も慌ててそれに続く。
 この男、一体何を考えているんだ?


 「しかし、これだけは覚えておいてください。」
 俺の横に並んだソリナスがそう話しかけてきた。
 「私はこの国を危険に晒すものはそれが誰であっても容赦はしません。相手が貴族であっても、王族縁の者であってもです。」
 「……女王ではなくて国なのか。」
 「もちろん女王殿下もですよ。女王殿下はこの国そのものですからね。」
 そう言ってにこりと笑うソリナス。
 やはりこの男は得体が知れない。



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