ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

森の中で

 翌日、目が覚めた俺は昨日と同じように廊下で待っていたニッキーに連れられルノアと朝食をとり、それから勉強が始まった。
 今日は朝から会議があるという事でルノアは途中で席を立ち、代わりに真っ白な髭を蓄えた老人がきて俺に教えてくれる事になった。


 ネザリフというその老人は歴史が専門で、俺にミッドネアの歴史を教えてくれた。
 ネザリフ老によるとミッドネア王国が興ったのは今から八百年前で、当時から残っている王国はこの大陸でミッドネアだけらしい。


 ミッドネアはガライア大陸と呼ばれる大陸の北側に位置し周囲をぐるりと巨大な山脈に囲まれている山岳国家だ。


 千年前、それまで大陸を支配していた二つの国が大陸全土を巻き込む大戦を起こし、百年続いたその戦争で疲弊した両国はそのまま内部クーデターによって寸断され、大陸は小国家が覇権を競い合う戦国時代に突入し、それから百年間小競り合いを起こしながら次第にまとまって国となり、その時にミッドネアが誕生したらしい。


 それから八百年間、周囲の国が併合と分裂を繰り返しながら北のノーザスト共和国と南のサウザンにまとまっていく中、ミッドネアは孤高を保ち今日まで一国家として独立独歩で歩んできたのだとか。


 ネザリフ老は腰の曲がった老人ながらも教え方が上手く、あっという間に時間が過ぎていった。


 その日の昼食はルノアが会議で長引いていたため俺は一人で食事をする事になった。
 ニッキーが部屋に食事を運んできてくれたのだが、じっと見られたまま食事をするのはどうにも居心地が悪い。


 「なあ、この城で働いてる人達はみんなどこで食事をしてるんだ?」
 「従者専用の食堂があるのでそこで。」


 ふむ、社員食堂みたいなものか。
 ニッキーに見られながら食事をするよりは気が楽かもしれない。
 「これからルノアがいない時は俺もそっちで食べちゃ駄目かな?
  一人で食事をするのも味気ないし。」
 「承知しました。女王殿下にはそのように伝えておきます。」


 とりあえずこれで食事に関する問題は片付いた。
 「味は保証しかねますが。」


 ニッキーがぼそりと不穏な事を呟いた。
 今日の昼食は今日もまたステーキ(昼だというのに)、それに酸っぱい黒パンと何か果物のジャム、サラダ、豆がどっさり入ったスープだ。
 味は日本の食べ物と程遠いがそれでも美味い。


 特に肉は野趣ある味だが肉の味がしっかりしていて獣臭さを消すために香辛料がどっさり使われているからパンによく合う。
 しかし、従者向けの食堂となるとこういう料理は望めないという事か…


 午後になり、俺は城の奥の森に行く事にした。
 今日は加速能力をもっと詳しく調べないと。
 城の裏手には門があり、衛兵がそこを護っていたが昨日渡されたメダルを見せるとあっさりと通してくれた。


 これはいずれ城下街にも行って効果を試した方が良さそうだ。
 城は堀で囲まれていて、小さな跳ね橋を通るとすぐ森になっている。
 しかし気になるのは昨日から続く視線だ。


 どこからか自分を監視している気配が続いている。
 ブレンダンの仕業だとは思うのだが、こうもしつこいとはっきり言ってうざい。
 いい加減うんざりしてもいたので俺は少し困らせてやることにした。


 まずは森の中を少し歩いてみる。
 森は直径五十センチは優に超えるような巨大な木がどこまでも続いていた。
 下生えはほとんど生えていないから結構歩きやすいものの、所々苔が生えているから滑りやすくもあった。


 今履いているのは外を歩くためのブーツだ。
 朝食の時にニッキーに午後から森に行くから何か履く物はないかと聞いたらこれを持ってきてくれた。
 革で出来た紐で締めるロングブーツなのだが底が木でできているため硬くて歩きにくい上に防水能力は皆無に等しいから少しでも湿った所を歩くと水が染み込んできそうだ。


 この世界にはゴム底の靴はないのだろうか。


 しばらく歩いていたが、謎の視線はまだ俺の後をついてきている。
 十分ばかり歩いた所で俺はいきなり加速を使って走り出した。
 見慣れない森で走るのは危険だが加速中なら全てがスローモーションになるからジョギング程度の速度でも向こうからしてみたら凄まじい速度で走っている事になる。


 三分ほど走ればあっという間に森の奥底深くにたどり着き、流石に視線の気配も消えた。
 とんでもない森の奥に来てしまったが、不思議と俺には城の方向が感覚的に分かっていたので不安はなかった。
 これも超感覚の賜物だろうか。


 ここまでこれば流石に簡単には着いてこれないだろう。
 いよいよ加速のテスト開始だ。
 まず手始めに目の前にあった 直径一メートルくらいの庭石のような岩を持ち上げてみることにした。


 確か石の比重は水の二.二倍だったはずだからこの位のサイズだと二トン位だろうか。
 岩に手をかけて力を込めて持ち上げてみる。


 流石に重量を感じるが持ち上がった。
 頭の上まで掲げて、そのままあたりを歩いてみる。
 感覚としては二リットルのペットボトルを持ってる位だろうか。


 靴が重量で足首辺りまで地面にめり込むが特に障害を感じたりはしない。
 靴が重量で壊れていないのが不思議だ。
 俺の体内の魔素とやらが靴にも影響を及ぼしているのだろうか。
 思い切り投げ飛ばしてみると凄まじい轟音と共に木々をなぎ倒しながら数十メートル先まで飛んでいった。


 やばい。


 この音で気付かれたかもしれない。
 俺は再び加速して移動した。
 それにしても俺に宿った力はどうやら想像以上のようだ。
 まず今のところ全く疲れを感じていない。
 さっき岩を投げた時も想像以上の飛距離だった。


 今度はジャンプをしてみることにした。
 まずは垂直とびだ。
 足に力を込め、一気に上に飛びあがる。
 瞬間、俺の眼前にあったはずの木が消えた。
 いや、俺は森の遥か上空にいた。
 眼下にさっきまでいたはずの森が広がっている。
 遥か先にはミッドネア王城や城下街、その先に広がる畑、畑に点在する村々も見える。
 どの位の高さまでジャンプしたんだ?三十メートル?いや四十メートル?
 木々の梢は遥か下だ。
 我を忘れて辺りを見ていると、不意に上昇する勢いが止まり、俺はあれよあれよというまに落下していった
 まずい!体勢が崩れている、というか落下の衝撃!死ぬ!


 数秒後、なんの対応も出来ないまま俺は凄まじい音と共に背中からまともに地面と衝突した。


 「ぐはっ!」


 落下の衝撃で肺の空気が一瞬で吐き出され、身動きができなくなる。


 頭から落ちなかったのは幸いだったが、俺は数分間地面で痙攣しながらのたうち回っていた。
 どうやら魔素の力で体も強化されてるらしい。
 あれほどの衝撃に地面に落下したにもかかわらず骨折はしていないようだ。


 五分か十分ほど経ってからようやく俺は立ち上がる事ができた。


 落下の衝撃は凄まじく、地面には漫画みたいに俺の形で凹みが出来ていた。
 「ハハ……ハハハ……」


 想像以上の凄さに自然と笑いがこぼれていた。
 俺の力は俺が想定してる以上だった。
 もはや超人と言ってもいい。
 落下時にアドレナリンが出たせいか俺は若干ハイになっていた。


 よし、次はちゃんと着地してみるか、いや、助走をしたらどの位飛べるだろうか。


 そんな事を考えながら歩き回っている時、背中に突き刺さるような気配を感じ、その瞬間俺は自分でも気づかないうちに加速状態になっていた。

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