追放チート魔道士、TS魔王と共に魔界で生活する

海道 一人

2.魔王の最期

「馬鹿な!自殺行為だよ!」


「しかし魔王も限界に来ています。向こうも反撃する手はほぼ残っていないはず。そしてそれは我々も同じです。ならばここを最終決戦と定めるべきです」


「……でも、それはあまりに危険じゃないか……!」


「いえ、そう危険という訳でもありませんよ」
 そう言ってテオは懐に手を入れた。
 懐から出した手にはいくつもの魔晶を嵌め込んだ宝飾品が握られている。


「それはあの二人の……!国宝級の聖魔具じゃないか!それがなかったらあの二人は……」
 そう、テオフラスが持っていたのは勇者アポロニオと僧侶サラが身につけていた聖魔具だ。
 その全てが純度の高い魔素の結晶を嵌め込んだ国宝級の価値を持つ特級聖魔具だ。
 この魔法具があったから二人は気絶で済んでいたと言ってもいい。


「わかっています。しかし二人は自然治癒と耐魔法の特性持ちです。この聖魔具がなくてもいずれ意識を取り戻すでしょう。しかし我々がこの戦いに勝てなければ聖魔具があろうとなかろうと気絶している二人に生き残る機会はありません。ならば我々は持てるすべての力をこれからの戦いに注ぎ込むべきです」


「っ!」
 フォンは言葉を飲み込んだ。


 徹底した現実主義、それがフォンがテオに下している評価だ。
 勝つためなら非常識と思われる手でも躊躇なく使う、時には道義から外れると非難のそしりを受ける事になっても顔色一つ変えずに選択する、闘いに明け暮れる日常を送っているフォンにとってそれは共感できる考えであり、好ましいものだった。


「……あんたがそういうなら、それしか方法がないんだろうね」
 そう言って軽くため息をつく。


「すいません、フォンさんを危険に晒してしまう事になって……」
「そうじゃないよ!あたしなんかよりもあんたの方が……」


 大丈夫ですよ、そう言ってテオは笑った。


「確実性のないことはしない主義ですから」


 それはその通りだった。
 ここに来るまでに幾多の危機があった。
 それを事前に察知し、時にはとっさの判断で切り抜けてきたのは他でもないテオのおかげだった。
 インビクト王国では為政者も平民もこぞって貴族出身のアポロニオとテオを称賛しているが、一緒に旅したフォンにはわかっていた。
 テオがいなければ三人はもっと前にその屍を荒野に晒していただろう。






「魔道士よ!」
 魔王の声がとどろいた!


「そろそろ終わりにしてやろう!この王の間ごと貴様らを灰燼に帰してくれるわ!」
 その言葉と共に部屋中の魔素が魔王の元へ流れていく。
 おそらく向こうの方も限界に来ている。
 この攻撃で決めるつもりなのだろう。


「時間がありません!行きましょう!」
 そう急かすテオの襟が不意に掴まれた。
 フォンの元へ引き寄せられたかと思うと、唇が唇でふさがれた。


 それは一瞬のことだった。


 テオが自分のされていることに気づく前にフォンは手を離し、立ち上がっていた。


「この続きは帰ってからだよ」
 そう言って笑いかけると飛び出していった。


 手を口に当て、茫然としていたテオもそれを見て気を引き締める。
 これが本当に最後の戦いだ。




 魔王はその手を掲げ、魔素を集めていた。
 体中がきしみをあげている。
 逞しい青銅色の体からは止めどもなく紫の血が流れ続け、少しでも気を緩めるとそのまま意識を失ってしまいそうだった。


 魔王ルシファルザス、魔界最大の王国ミッドランドの支配者。


 数多の魔族を打ち滅ぼし、従え、支配してきた王の中の王。
 我こそが魔界を、いやトレメンデス大陸を支配する存在だと疑っていなかった。


 それが今や虫の息だ。
 おそらくこの一撃が最後になるだろう。
 よもやこの自分が人族にここまで追い詰められることになるとは。


 しかし不思議と怒りも焦燥もなかった。
 あの魔道士、もはや人というよりは魔族に近い魔力を持っている。
 あのような男がこの世にいたとは。
 魔族として生まれていれば己を脅かす存在になっていたかもしれない。


 しかしそれもここまでだ。
 ルシファルザス最大の魔力を持って放つ魔力弾を打てばこの王の間はおろか城全体が廃墟になるだろう。
 人の体でそれに耐えられるわけがない。


 その時、部屋の陰から人影が飛び出してきた。
 ローブを目深に被り、出てくるなり詠唱を唱える。
 やはり来たか。
 おそらく我が魔力を放つ前に仕留めようという算段だろうが、それはこちらの思うつぼだ。


 ルシファルザスは貯めていた魔力を一気に解き放った。
 全体攻撃ではない、狙うは魔道士ただ一人。
 いかにあの男が優秀な魔道士といえど、防御魔法を展開する時間はない!




「レン家流絶対防御之型、不落城鉄閂」
 しかしルシファルザスの放った絶体必殺の魔力衝撃は、そのフードの人物に防がれた。


「なにっ!?」


 絶え間なく続く魔力衝撃のわずかな波を読み切り、それを弾き、躱し、いなす。


 こやつ、先ほどの魔道士ではない!?


 魔力衝撃の威力でフードがはがれる。
 そこにいたのはフォンだった。
 体ににありったけの防御用聖魔具を身につけている。


「囮か!小賢しい真似を!」


 たばかられた事を悟りつつもルシファルザスは攻撃の手を緩めない。
 まずはこの小娘から倒し、その後であの魔道士を屠る、そう決断した。


 そしてそれがルシファルザスにとって致命的なミスとなった。


「テオ、あとは頼んだぞ!」
 フォンの身につけていた魔法具は全て破壊され、最後の力で魔力衝撃を弾いた瞬間にフォンの体も吹き飛ぶ。


「あの魔道士はどこに消え……!」
 フォンを片付け、周りの気配探知を行おうとしたその時、ルシファルザスに体に衝撃が走った。


 見下ろすと、己の体に深々と剣が刺さっているのが見えた。
 脇腹から生えているその剣は体を貫き、肩甲骨の下から突き出ている。


「ぐおおおおおおおおおっっ!!!」


 獣のような絶叫を上げるルシファルザス。
 普通の剣であれば純粋魔族にはほぼなんのダメージも与えない。
 しかし、その剣はルシファルザスの体を内側から焼いていた。


「これは……まさか……!?」


 それは勇者アポロニオの持つ、魔族を殺すために作られた聖剣、アルゾルトだった。


「き、貴様っ……」
 苦悶の表情を浮かべ、口から紫の血を吐き出しながら後ずさる。


 必死の力で剣が刺された方向へ魔力弾を打つ。


 何もない空間から人影が現れ、後方に回転しつつ距離を取った。
 テオだった。


不可視不感知外套アンパーセプションマント……そんなものまで……隠していたのか」


 ルシファルザスは続けて魔力弾を打とうとよろよろと腕を上げる。


刺突魔晶槍ピアッシングランス!」
 しかしテオの方が一瞬早かった。


 詠唱と共に戦いの中でテオが周囲に散らしていた魔晶が針のような形状に変化し、一斉にルシファルザスを貫いた。
 同時に向かってくる魔力弾を最後の魔晶で防ぐ。
 右手ごと魔晶が砕け散り、これで身を守る魔晶は一つもなくなった。
 だが戦いはこれからだ


「ぐがああああああっ!!!」
 絶叫を上げるルシファルザス。
 だがなおもその闘志は衰えていない。


 しかしその間にテオは既に詠唱を終えている。
岩柱圧台ボルダースタンプ!」


 ルシファルザスの頭上で城の建材に使われている大理石が巨大な石柱に形を変えて降ってくる。


「ぐぬうぬぬぬぬぬ!……こ、これしきのもの……」
 しかしそれでも魔王ルシファルザスは倒れない。
 数十トンはあろうかというその石柱を受け止めなおも立っている。
 しかしそれもテオが最後の魔法を唱えるまでだった。




魔晶完全解放フルアンリーシュ!」
 テオの詠唱と共にルシファルザスの体を貫いていた魔晶が全魔力を解放して爆砕する。
 そして支えを失ったその体の上へ、石柱が降ってきた。




 魔界最強の魔王、魔王ルシファルザスの最期だった。



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