追放チート魔道士、TS魔王と共に魔界で生活する

海道 一人

4.半年後

 テオが魔王ルシファルザスを倒してから半年が経っていた。


 他の一行とは全く連絡を取りあっていない。


 フォンは三か月ほど前にふらりとテオの元を訪れ、強い奴に会いに魔界に行くと言って去っていったっきりだ。
 アポロニオは相変わらず人気者で、最近はインビクト王国の各地の訪問しているらしい。
 近いうちに王政に参加するのではないかという噂だが、テオにとっては興味のない話しだった。


 サラは自分の領土で平和に暮らしているらしい。
 会いたい、と思う事もあったが彼女と自分では立場が違いすぎるといつも思い直していた。
 そもそもどうやって会えるのかすらわからない。


 それに今のテオには夢中になっているものがあった。
 自分だけが使える屋敷と一生使っても使いきれないだけの財産を手にしたテオが真っ先にやったのは屋敷の中に自分の工房を作ることだった。
 これで好きなだけ魔法の研究に打ち込むことができる。


 屋敷の改修と工房建設でもらった金貨の半分を使い、研究に必要な魔晶や薬草、鉱物などを買いそろえるのに残りの半分を使った。
 ずいぶんと目減りしてしまったが後悔はなかった。


 今、テオの研究が結実しようとしていたからだ。


 それは春が過ぎ去り、初夏にしては珍しい晴れ渡った暑い日だった。


 使用人全員に休暇を与え、テオは一人地下の工房に入っていった。


 何人をも入れた事のないその工房の中心には巨大なガラスの容器が鎮座している。
 中には透明な液体が充填され、その中には一人の少女が裸で漂っていた。


 黒い髪が液体の中を漂い、少女は眠るように目を閉じていたがテオが入ってくるのに気付くと花が咲くような笑顔になった。


「おはよう、ルーシー」
 テオはガラス越しにルーシーと名付けた少女に微笑んだ。
 ルーシーはテオの笑顔に口を開けて何かを話そうとしているが、培養液の中では言葉にならず泡となって消えるばかりだ。
 それでもルーシーがテオに懐いているのは一目瞭然だった。


 ルーシーは少女の姿をしているが少女ではない。


 ルーシーはテオが全知識を総動員して作り上げた人造生命体だった。


 いや、、テオはこれが人造生命体とは思っていなかった。


 肉体は様々な魔獣、魔族の魔晶と様々な鉱物を組み合わせて作り上げた。
 魂も魔道士が究極の目標としている疑似魂などではない。


 万物の万物の根源である水銀、硫黄、塩と、地中の奥深くから採掘される究極の純度を持った魔晶、絶対無二ソールを昇華させ、魂を生み出した。


 テオは史上初めて魂を作り上げた人間だった。


 しかし、そこからが上手くいかなかった。
 ルーシーを培養液から出すと三十分もしないうちに肉体が崩壊していくのだ。
 あらゆる手を尽くしてみたが駄目だった。


 屋敷で研究を始めて五か月たった満月の夜、研究が行き詰まり何の気なしに魔王が残した赤い魔晶(結局王国には渡さなかった)を月にかざしていると、不意にあるアイディアが閃いた。


 この魔晶で肉体と魂を結び付けてはどうだろうか?と。
 それから一か月、あらゆる可能性を吟味し、遂にこの日実行に移す事にしたのだ。


 作業台に敷いた塩の上に寝かされたルーシーの体は既に崩壊が始まっている。
 ここからは時間との勝負だ。
 ルーシーの胸の上に魔王の核晶を置き、詠唱を始める。


 あらかじめ床に描いていた魔法陣が光を放つ。


 水銀を核晶に垂らすと核晶が溶けるようにルーシーの体の中に入り込んでいった。


 硫黄の粉をふりかけ、更に詠唱を続ける。


 ルーシーの体が徐々に光を放ち、宙に浮きあがる。
 魔晶が体中に溶け込み、漆黒だった髪が徐々に虹色の光を放つ銀髪へと変わっていく。
 やがて光が消え、宙に浮いていたルーシーの体は糸を切ったかのように落下した。


 慌ててテオはそれを受け止める。


 体の崩壊は既に止んでいた。


 成功だ。


 テオは慈しむようにルーシーの体を抱きしめた。
「お休み、ルーシー。目が覚めるのを待っているよ」




 そしてそれから半年、ルーシーが目を覚ますことはなかった。


 夏が過ぎ、秋が終わって冬が来ようとしていてもルーシーはベッドの上でひたすら眠り続けていた。


 そして初めてボーダーズの街に積もるほどの雪が降った日の朝、それはやってきた。


 その日、テオはドアをけたたましく叩く音で目を覚ました。
 ドアを開けるとそこにいたのは十名ほどのインビクト王家近衛兵だった。


「テオフラス・ホーエン殿ですか?」


「ええ、私がそうですが、一体?」


「失礼します」


 言うなり近衛兵の一人が背後から首輪を取り出し有無を言わさずテオの首輪に嵌めた。


「こ、これはっ?」
 嵌められた瞬間にテオは自分の体内から魔力が消失したのを感じた。
 普段無意識的に魔力を使っていたからなのか、足の力が抜けて床にへたり込む。


「あなたにはインビクト城への出頭命令が出されています。これはそのための措置です。非礼は謝りますが、どうかご了承いただきたい」


「そ、そんな、出頭命令だなんて……一体僕が何をしたというんだ!?」


「それはインビクト城についてから直にお聞きください。我々の命令はあなたを連れていく事ですので」


「おい、グリフォンを回せ!城に戻るぞ!」


 近衛兵の命令に男たちがものも言わず行動を移す。
 テオも引きずられるように連れていかれた。


「馬鹿な、これは何かの間違いだ。なんで僕がこんなことに!」


 テオの絶叫は降りしきる雪の中にかき消された。



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