外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

1.プロローグ~ベルトラン帝国

「クソ!どうしたらいいんだ!」


 シセロは苛立ちを表すかのように足を踏み鳴らしながら部屋を歩き回っていた。


 元老院議員でありベルトラン帝国有数の貴族であるシセロだったがその顔に余裕はない。


 先ほどの定例議会が終わってからシセロの苛立ちは募る一方だ。




「亜晶の採掘を休止しろだと?あの若造め、吾輩を干上がらせる気か!王家に産まれたという幸運だけで王座についている世間知らずが!」


 シセロは誰も聞いていないのを良いことにベルトラン十五世を口汚く罵っている。


 こんなことを誰かに聞かれたら不敬罪で逮捕は確実、下手したら貴族除名はおろか投獄すらもあり得る蛮行だったが怒りで頭に血が上っているシセロはお構いなしだった。


 亜晶鉱山はシセロの資産でも特に利益率の高い事業だ。


 他に競合他社がなく、亜晶は国家によって保護されているために幾らでも値段を吊り上げることができる。


 シセロの一族にとって亜晶鉱山は屋台骨と言っても良かった。


 それが今日の定例議会で帝王の口から一方的に休山を言い渡されたのだ。


 理由はフィルド王国からもっと安価で高品質な亜晶を手に入れられるようになったから。


 これはシセロにとって寝耳に水の出来事だった。


 フィルド王国で採れる亜晶はベルトラン帝国のものよりも質が悪く量も少なく、全く相手にならないはずだったのだ。


 だがベルトラン十五世が見せてきたものはシセロが今まで見てきたどの亜晶よりも純度が高かった。


 しかもそんな亜晶を市価の半額以下で提供してくるのだという。


 シセロにも自分の鉱山が産出する亜晶が太刀打ちできないのはよく分かっていた。


 ベルトラン十五世もそれを分かっているからシセロに休山を勧めてきたのだろう。


 フィルド王国との亜晶の取引でシセロに便宜を図ると言ってきたのも温情からくることは理解している。


 しかしそれでは駄目なのだ。


 価格が決められた亜晶を取引して得られるのはわずかばかりの手数料だけだ。


 それでは到底今までのぜいたくな暮らしは維持できない。


 なお悪いことにここ最近は他の事業が全く上手くいっていなかった。


 特に穀物取引が最悪でここ数年は豊作続きから穀物価格が下落の一途をたどっており、シセロは多額の債務を抱えるまでになっていた。


 このまま返済期限が来てしまうと幾つか資産を売却せざるを得なくなってしまう。


 おそらく亜晶鉱山も手放さざるを得ないだろう。


 シセロにとってそれだけは避けねばらない事態だった。




「どうする?どうしたらこの事態をうまく切り抜けられる?少なくとも利息だけでも返さねば…」


 ぶつぶつ言いながら部屋の中を歩き回っても全く考えが思い浮かばなかった。






「シセロ様」




 不意に呼ぶ声にシセロは仰天して飛び上がりかけた。


 考え事が多すぎてノックの音すら聞こえなかったらしい。




「誰だ!」


 呼ぶ声に驚いたことの恥ずかしさをごまかすかのように大声を上げて声の主に振り返る。




 そこにいたのは痩せていて真っ黒な髪を無造作に伸ばした陰気な男だった。




 年齢は三十代だと聞いているが四十代にも五十代にも見える。


 穀物倉庫と所有している農地の管理を任せている男で名前は確か…バグナスだったかバグラスだったか…


「何の用だ」


 部下に対して苛立ちを隠すことなくシセロはぶっきらぼうに言葉を放った。




「そろそろ穀物倉庫がいっぱいになってしまうのですが…」


 男は陰気に答えた。


「そんなことはわかっておる!売れぬのだから空かせようがないことくらいわからぬのか!」


 シセロは怒りに任せて怒鳴り散らした。




「クソ、今すぐ不作になれば倉庫の穀物を売りさばいて債務などすぐに返してみせるのに」


 イライラしながらシセロは呟いた。


 男が聞いていようがいまいが関係なかった。




「できますよ」


 その時そんな言葉がシセロの耳に飛び込んできた。




「…今の言葉は貴様か?」


 部屋には自分とその男しかいないのにそれでもシセロは尋ねずにはいられなかった。


 それほどに男の言葉は不意だった。


「私以外に誰が?」


 男は見た目とは裏腹に豪胆とも言える口ぶりと共に肩をすくめてみせた。




「私ならばこの国の穀物を、それどころかあらゆる作物を根絶やしにすることができます。さすればシセロ殿は自分の持っている作物にどんな高値でも付けられるでしょう」


 男の傍若無人な言葉でシセロの頭にカッと血が上った。




「…言葉を慎め!この痴れ者が…」


 シセロを靴音も高く男に歩み寄るとその頬を張り飛ばそうと右手を上げた。


 しかしその手が振り下ろされることはなかった。




 シセロの目の前に一匹の巨大なスズメバチが羽ばたいていたからだ。


 そのスズメバチはまるでその男を守るかのように二人の間に割って入り、全く逃げる様子がなかった。




「ば、馬鹿な…何故こんな所にスズメバチが…」


「それだけじゃありません。私はシセロ殿の持つ畑だけは無事でいさせることも可能です。私にはそれだけの力がありますから」


 男はそんなシセロに構わず話を続けた。


 その時ようやくシセロはなぜ自分がこの男を雇ったのかを思い出した。


 この男はこの世でも稀な能力、虫を自在に操る能力を持っているのだ。


 だから害虫対策として穀物倉庫と畑の管理を任せていたのだった。


 つまり…


 シセロはごくりとつばを飲み込んだ。




「先ほどの話、嘘ではあるまいな?」


「約束いたしますよ。あなたをこの国の穀物王にすると」


 男は自信ありげに頷いた。


 真っ黒な髪の奥で同じように真っ黒な眼がぎらついている。




「貴様、名は何という」


「バグラヴスと申します。以後お見知りおきを」


 男はそう言うと右手を前に出して慇懃無礼にお辞儀をした。



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