ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道 一人

9.ダンジョン第2階層藍エリア - 2 -

「ここがアズライトタウンか…」


 翔琉の目の前にはダンジョン内とは思えないほどに広大な空間が広がっていた。


 大きさはちょっとした球場ほどもあり、天井の高さは数10メートルはある。


 まるでドーム球場だ。


 天井全体が明るく輝いていて昼のように周囲を照らしている。


 そしてそこにはテントやありあわせの素材で作られた掘っ立て小屋がひしめいていた。


「ダンジョン内にこんなところがあったんだ…」


 それは翔琉にとって初めて見る光景だった。


「ちょ…ちょっと…待ちなさいよ…」


 そこへゼーゼー息を切らしながらナナが追い付いてきた


「な…なんであんたそんなに速いの…しかも人一人背負ってるっていうのに…」


「そういえば確かに」


 そこで翔琉はオットシを背負っていることに気付いた。


 しかも途中からナナの荷物も背負っている。


 なのに重さは全く感じなかった。


 それどころか微塵も疲れていない。


「それはそうとどこに行ったらオットシさんを治してもらえるんですか?」


「ちょ、ちょっと…息を整えさせて…」


 汗びっしょりで荒い息を吐きながらナナは大きく深呼吸した。


「ふう、じゃあこっちについてきて」


 そう言うと翔琉の前に立ってテントの波の中へと足を踏み入れていった。


「おやナナちゃんじゃないか。久しぶりだねえ」


「こんにちは、ユミエさん。足の具合はどう?」


「お陰様ですっかり良くなったよ。今度うちに遊びに来てよ、ご馳走するから」


「お、ナナじゃねえか!相変わらず色気のねえ格好してんな」


「あんたに見せたって何の得もないからね」


 道を行く人々がナナに挨拶をしてくる。


「結構知り合いが多いんですね」


「ここは何度かベースにしたことがあるからね」


「それにしてもここはどういう所なんですか?ダンジョンの中にこんなに人が住んでるなんて知らなかった」


「冒険者って結構訳ありな人が多いのよ。借金取りから逃げてるとか、鬱になって失踪した人とか。そういう地上に戻ることのできない人たちがダンジョン内で暮らしてるうちに町を作っていったわけ。町の人相手に商売してる冒険者もいるくらいなんだから」


「はえ~、冒険者と言っても色々なんですねえ」


「どの階層にもいくつか町があって、探索する時の重要な拠点にもなってるの。中には治安が悪いところや犯罪者の寄せ集めになってる所もあるから注意が必要だけどね」


 やがて二人は一軒のあばら家の前へと着いた。


 ボロボロの布切れがかけられただけの入り口をくぐると中に一人の老人が椅子に腰かけていた。


「町長、お久しぶり」


「おお、ナナさんじゃないか。久しぶりだね。今日は何かを持ってきてくれたのかな?それとも買い付けかい?ちょうどグリーンハーブが採れたところだよ」


「悪いけど今日はそういう話ではないの」


 ナナが翔琉に目配せをし、翔琉はオットシを慎重に床に寝かせた。


「急で悪いんだけどこの人を治療してもらえる?レベル10のモンスターにやられたらしいの」


「レベル10!?まさか第2階層に?」


 町長が目を丸くした。


「ギ…ギガントカマキリだ…」


 その時目を覚ましたオットシが苦し気に口を開いた。


「レベル8の私でも全く歯が立たなかった」


「本当に第10階層のモンスターがこんなところに…」


 町長は真っ青な顔で呟いた。


「たぶんはぐれだと思う。いたのは青エリアだそうだからここには来ないと思うけど…」
 ナナが言葉を続けた。


「ひとまずこの人を治療してほしいの。応急処置はしたけど私のレベルと手持ちじゃ完全には治せなくて」


「なるほど…確かにレベル5のナナさんではレベル10のモンスターによる怪我は治せないでしょうが、レベル7の私が魔力向上の魔石を使えば治すことは可能でしょうな」


 町長が重々しく頷いた。


「ぜひお願いします!」


 翔琉がそう言って頭を下げると町長が人差し指を前に突き出した。


「確かに治せます。しかしそのために治療費として100万円いただきます」


「ひゃくま…!そんな無茶な!」


 あまりの金額に絶句する翔琉に町長は頭を横に振った。


「残念ながらそのお金を用意できなければ治療することはできません」


「で…でも…!人の命がかかってるんですよ!」


「おっしゃりたいことはわかります。それでも仕方がないことなのです。この人を治すとなると我々としても貴重な素材を使用することになります。我々もここで生きていくために対価を得る必要があるのです」


 翔琉が振り向くとナナは困ったように肩をすくめた。


「残念だけど町長の言う通りね。ここでは地上の道徳や倫理は通用しないの。町長の言う額だって決して高すぎるって訳じゃなくてむしろ安いくらい」


「そんな…」


 愕然とする翔琉を見て不憫に思ったのか町長が助け舟を出してきた。


「お金が払えないというのであれば別のものでも構いません。何かモンスターを倒して集めた素材はありませんか?もしくはあなたのジョブやスキルに見合った依頼をこなすというのでもよいのですが」


「ジョブですか…でも僕はまだジョブを持ってないんです」


 翔琉はそう言って肩を落とした。


「え、でもカケル、職痕マークを持ってるじゃない」


 翔琉の言葉にナナが不思議そうな顔をした。


職痕マーク?」


「そう、ジョブを身に着けると体のどこかにそれを表すマークが出るのよ。ほらそこに」
 ナナが翔琉の左胸を指差した。


 ギガントカマキリとの戦いで破けたシャツから地肌が見えていてそこに見たこともないマークが浮かんでいる。


 濃い藍色の、幾何学模様のような古代文字のような複雑な模様だ。


「うわっ!なんだこれ!」


「それが職痕マークよ。ジョブやレベルによって模様が違うの。私のはこれ」


 そう言ってナナがシャツの胸をはだけた。


 右胸の谷間部分に薄い桃色をした複雑な模様が浮かんでいる。


 意外に豊満な胸に思わず目をそらした翔琉を見てナナが顔を朱に染めた。


「と、とにかくそういう訳だから!あなたどこかでジョブを手に入れたんだと思う。初めて見る職痕マークだからなんのジョブかわからないけど、町長さんなら知ってるんじゃない?」



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