ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道 一人

7.ダンジョン第2階層青エリア - 3 -

「なっ!?」


 オットシの叫び声がした方へ走っていった翔琉は目の前に広がる光景に声を失った。


 そこにいたのは…巨大なカマキリのような生き物だった。


 全身が棘で覆われた甲殻に覆われ、腹部が不気味に脈動している。


 そして鎌状の腕が挟み込んでいるものは…オットシだ!




「うわあああああっ」


 凄惨な光景に翔琉は知らず知らずのうちに叫び声をあげていた。


 そうでもしないと頭がおかしくなりそうだったからだ。


 さっきまでのんきに話をしていたオットシが今は血まみれになって醜悪なモンスターの餌食になろうとしている。


 それは翔琉にとってあまりに非現実的過ぎた。




 叫び声を聞いてモンスターが翔琉の方を向く。


 顔の左右の複眼に現れた偽瞳孔が不気味にこちらを見た。


「ひいっ!」


 その眼に睨まれて声にならない叫び声をあげる。




「に…逃げろ…」


 その時、鎌に挟まれているオットシが振り絞るように声をあげた。


「こ…こいつは10階層に棲むモンスターだ…カ、カケル君の手に負える相手じゃない…早く逃げるんだ」


 なんで10階層のモンスターが2階層に?


 そんな疑問もまだ息のあるオットシの姿を見てどこかにかき消えていた。


 翔琉は山刀を手にモンスターに向かっていった。




「うおおおおおっ!」


 絶叫と共に山刀を振り下ろす。


 しかし山刀は分厚い甲殻に阻まれて刃が立たない!


 モンスターがぎろりと翔琉を睨み、巨大な鎌を振り上げた。


(あ、死んだ)


 翔琉は振り下ろされる鎌を見ながらどこか他人事のように考えていた。


(こんなふうに死ぬならもっと色んなことをしておけばよかった。海外にも行きたかったな)


 鎌がゆっくりと翔琉の方へ向かってくる。


(死ぬ直前は全てのものがスローモーションに見えるというのは本当だったんだな)


 もう片方の鎌に挟まれたオットシが必死の形相でこちらを見ているのが分かる。


(しかし本当にゆっくりだな。これなら避けられるんじゃないのか?)


(だったら避けてみろよ)


 翔琉の内側から声が聞こえてきた。


 やれやれ、心の声が聞こえてくるようじゃ自分もいよいよお終いだな。


 そんなことを考えながら翔琉はその声の言う通り向かってくる鎌から体を逃がしてみた。


 巨大な鎌が翔琉のすぐ横を通り抜けて地面をえぐる。




「マジか、本当に避けちゃったよ」


 翔琉は他人事のように地面に突き刺さった巨大な鎌を見ていた。


 キイイェェェェエエエエエエッ!!!!


 避けられたモンスターが金属をこすり合わせるような叫び声をあげて再び襲い掛かってきた。


 しかしそれも翔琉の眼には緩慢な動きに映っている。


 そしてそれが翔琉の頭を冷静にさせた。


(ほら、さっさと逃げちまおうぜ)


 再び内なる声が聞こえる。


 翔琉もそれには賛成だった。


 でもその前にやることがある。




 翔琉はモンスターが前傾姿勢になった隙にオットシが捕まっている前肢に思い切り蹴りをぶちかました。


 翔琉の蹴りで3メートルはあろうかというモンスターが大きくバランスを崩し、たまらずオットシを地面に落とした。


 体勢を立て直そうとしている隙にオットシを抱え上げる。


 助けるのに夢中なせいで自分よりも遥かに巨大なモンスターを脚力だけで吹き飛ばした、という事実は翔琉の頭から完全に抜け落ちていた。


「な、何をしているんだ…早く逃げろ…」


 全身を血にまみれさせながらオットシが呟いている。


「わかってます!でもそれはオットシさんも一緒です!」


 翔琉はオットシを肩に担ぎあげると一目散に駆けだした。






 気が付くと横穴の入り口に立っていた。


(なんで?あそこからここまでってこんなに距離短かったっけ?)


 流石に翔琉も事の異常さに気付き始めていた。


(おいおい、そんなことよりも良いのかよ。あいつがこっちに向かってきてるぞ)


 内なる声に横穴の方を振り返ると確かに先ほどのモンスターが近づいてくる気配がする。


「クソッ!どうしたらいいんだ!」


(そんなの決まりきってるだろ。この穴を塞ぐんだよ)


(そんなことできるわけないだろ!)


(やってみなくちゃわからないって。ほら、さっさとしないとすぐにここまで来ちゃうぞ。さっさと飛び上がって天井を崩せよ)


「クソッ!」


 自分が自分と押し問答をしていることを疑問に思う暇すらなかった。


 翔琉は半ばやけくそになって飛び上がった。


 ちょっと飛び上がっただけのはずなのに高さ3メートルはあった天井がすぐ目の前に迫っていた。


「うわあっ!」


 驚きのあまり思わず殴りつけると轟音と共に天井が崩れていく。


「な、なんで…?」


 地面に着地した翔琉はあまりの出来事に呆然としていた。






「そ、それよりもオットシさんだ!」


 呆気に取られていたのは数秒で、すぐに翔琉は床に横渡るオットシの元へと駆け寄った。


 オットシの上半身は血で真っ赤に染められていた。


 鎌に挟み込まれたところから留まることなく血が流れている。


 呼吸は浅く、今にも意識を失いそうになっている。




「は、早く傷を治さないと!でもどこにいけばいいんだ?」


 パニックのあまりマーカー石の存在は完全に忘れていた。


 しかも背後からはモンスターが瓦礫を越えて近づいてくる気配までする。


「と、とにかくここから離れないと!」


 翔琉は再びオットシを担ぎ上げた。


「でもどこに?」


 そう思った瞬間、頭の中に地図が浮かんできた。


 それは先ほどスマホで見ていた周囲の地図と完全に一致している。


 しかもスマホには表示されていなかった、別の人間がどこにいるのかまで把握できる地図だ。




「これは…この辺の地図なのか?」


 翔琉は驚いたように頭の中に浮かんだ地図を見ていたが、すぐに気を取り直して前を向いた。


「まずは逃げることが先決だ!そして誰かに助けてもらわないと!」


 一番近くにいる人間、そこに向かえと心の声が告げている。


 翔琉は大きく息を吸い込むと走り出した。


















「きゃあっ!」


 ダンジョン探索をしいたナナは突然目の前に現れた影に思わず悲鳴を上げた。


「お願いします!助けてください!」


 その影は猛烈な勢いでやってきたかと思うとナナの前に跪いた。


「ひょっとして…あなた、カケル君?」




 ナナの目の前にいるのは大怪我をしたオットシを肩に担いだ翔琉だった。



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