火事場の超・馬鹿力~絶対に負けない超逆転劇~

ハクセイ

神の生け贄

 この真っ暗な闇の世界で僕は『光』に出会った。


「貴様には生け贄になってもらう」


『光』は高圧的な声で、そう喋りかけてきた。
 その圧倒的な存在感に僕は思わず、目を奪われた。
「ソレ」は光っていた。その男性が手に持っているランプよりも――。
 僕はただ、流れる水のように聞き返していた。


「……なんの生け贄ですか?」


 ソレは僕の質問を聞くないなや、真面目な顔で答える。


の生け贄だ」


 なるほど……。か、それはとても深刻な問題だな。
 この年代の人は気にする人も多いと聞く。(ヴァイトレットさんの世論調査レポートで把握済み)
 でも、もし違っていたらとても失礼だ。
 だから僕は、相手を挑発しないようにとても穏やかな声で、確認の質問をする。


「……の、生け贄ですか?」


「神の生け贄だ」


「本当に、髪の生け贄ですか?」


「本当に、神の生け贄だ」


「本当の本当の本当に髪の生け贄ですか?」


「本当の本当の本当に神の生け贄だ。光栄だろう?」


 そうか、やっぱり髪の生け贄か。
 光栄かと言われると……全然光栄じゃない。
 むしろ……嫌だな。嫌すぎる。
 逆に、これを光栄だと思える人がいるのなら、お金を払ってでもお会いしたいところだ。


「僕はどうなるのですか?」
 髪の生け贄なんて初めて聞いたし、


「そうだな……まずはその汚れた体を綺麗にしてもらおうか」


「なるほど。綺麗にした後に刈るのですか?」


「なに。狩りはしないさ。ただ少しばかり貴様のソレを頂くだけだ」


 ハゲの男性は僕を指しながら下卑た笑みを浮かべる。
 ……僕の胸を指差しているように見えるけど、きっと話の流れ的に僕の髪の毛と指さしているに違いない。
 でも、僕の金髪は……とてもじゃないが、彼には似合わない。
 それに、今ここで僕の髪の毛を彼に与えたとしても、周りの人に一発でバレるだろう。
 そして、それはもう、凄いいじられるに違いない。


 残酷かも知れないが、ここは現実を教えてあげるべきだ。
 彼が周りの人達からいじられる前に僕が気づかせてあげなければ!!


「僕の髪はあなたには合いませんよ?」


「なぁに。直ぐに馴染むさ」


「……失った物はもう取り戻せないですよ?」


「その通りだ。失った物は二度と元には戻らない。だからこそ貴様のを奪うのだ」


 ……ダメだ。話が通じない。
 そもそも僕の心を奪うって……。
 僕の心とは、話の流れ的に髪の毛のことに間違いないだろう。


 彼は僕を自分と同じような頭にして、僕の心を折ろうとしている。
 つまりは、そういうことだ。


 だが、ここで負けるような僕じゃない。
 僕は、日々エリノラ姉さんとの交渉によって説得スキルを磨いて来た。身近に理不尽な姉を持つ身として、こんなもの手慣れたものだ。
 経験上、こういうタイプには正論をぶつけても無意味だ。
 だから正論をぶつけるよりも、周囲からどう思われるかを唱えてあげるのだ。
 その想像が出来るように話すのがポイントだ。


「僕のを奪ったとしても、あなたは誰からも相手にされませんよ。それどころか「見て見てあの人……あれでバレないと思ってんの?」「見ているこっちが恥ずかしい」なんて影で言われますよ?」


「貴様。……影を知っているのか?」


「いえ、まさか。あくまで例え話ですよ。……ですが私ほど彼らに詳しい者はおりません」


 今まで散々な目に遭わされてきたからからね!
 彼らがどこに待ち伏せしているのかは大体分かるようになってきた。全く嬉しくない僕の特技の一つだ。


「彼らは非常に狡猾です。決して表舞台には出ず、裏から笑うだけ。自分は傷つかないように身を安全な場所に置き、相手を一方的に攻撃する」


 それから少し間を置いて、僕は決めの台詞をいう。


「彼らはすぐそばに潜んでいる。私はもちろん、あなたのすぐ後ろにもね」


 すると彼は今までの険しい顔から一転、慌てたような表情を浮かべる。
 まるで、何かに驚いているようなそんな感じだ。
 そして、彼はもの凄い勢いで後ろを振り返りーー


、貴様か!!!」


「…………。」
 ……どうやら、効果が効き過ぎたようだ。
 きっと、ヒソカって人にいつも影口を言われているに違いない。


 二重の意味で可哀想だ。
 ヒソカって人に馬鹿にされ、さらにここにヒソカがいないとなると、僕から温かい目を向けられる。


 こうなると、彼はいよいよ立場がなくなる。彼は心に傷を負ってしまうだろう。


 だからこそ、今僕がここでするべきことは彼を落ち着けることだ。
 僕はみすみす自分を追い込む人を放って置けない。


「恥ずかしがることは何もありませんよ。誰にも失敗はあるものです。僕は気にしていませんから、どうです?よければ僕とお話でもしませんか?」


「ーーッ!!?貴様、なにをーー「まったく、せっかくうまく隠れたと思ったのに、バラすなんて酷いじゃないか」


「……え?」


「まぁ、別に良いけどさ。バレてるなら、隠れる意味もないし。初めまして、ユーリ・フィリドール君、僕の名前はヒソカだ。是非覚えてね?」


 あ、いたんだ。ヒソカさん。


「あなたですか?彼の髪を馬鹿にしたのは?」


「誤解さ、僕は馬鹿になんかしてない。ただ僕は神なんて曖昧な存在を信じていないだけさ」


 曖昧?髪が曖昧な存在だって?
 たしかに気づいたら髪がなくなってた、なんて話を聞くけど、突然ハゲる訳じゃないし確かに実際してるよ?


「髪は存在しますよ」


「へえ、理由を聞いても?」


 存在しないわけがないじゃないか。
 現に僕にもあるし、


「僕らがその証明だよ。僕らに、髪のはある。それにもしも髪が無くなったら全世界の人々が路頭に迷ってしまうしね」


 全人類がハゲだ。
 路頭に迷わないわけがない。
 エリノラ姉さんのハゲ頭なんて来た日にはもう………それはそれで、少し楽しいかも。


「なるほど、神のときたか。確かに、この世界には未だ原因不明の病気が数多く存在する。それこそ神の祟りと呼べるほど、凶悪な病気もある。神はなぜそんなことをすると思う?中には神に毎日お祈りを捧げて人々の安寧を願う純粋な人もいたというのに」


 髪の毛について、そんな熱心に話されても知らないよ。
 僕のはまだフサフサだし、そういうのは当事者の人に聞いてよ。
 いるよ?すぐ近くに適任者が。


 それに彼、さっきからほとんど空気になってるよ?
 見てよあの顔。話しかけるに話しかけられない感じにじみ出てるからね?


 ……あ、逸らされた。
 どうやらもう既に拗ねてるみたいだ。


 というか、そもそもハゲって病気なの?
 ……まず、そこからだからね?
 僕は髪の毛マスターでもなんでもない。
 真っ黒なフードで顔を隠しているからよく見えないけど、もしかしてこの人もハゲなのかな?




 ……どうしよう。




 なんて答えるのが正解なのか全く分かんない。かといって、黙ってると怒られそうだし……


 はぁ、もう考えるのも疲れた……家に帰りたい。


 もう適当でいいや。


「……髪の気まぐれ?とかじゃないかな?」


「そう!その通りだよ!いいね、君となら凄く話が合いそうだ」


 なんで正解引いちゃうかな。
 いや、正解なのかも知らないけどさ、


「は、はぁ」


 ……もう聞き流すか。


「神の気まぐれ一つで僕らは簡単に死ぬーー「ええっ!?」」


「「……。」」


「あ、スミマセン」


 どうしよう、話の腰を折ってしまった。
 だって髪の毛で死ぬとか驚きでしょ?今年一番のビックリニュースだし。
 僕は悪くない。……けど、ここは素直に謝るに一票だね。


「いや、いいさ。僕の方こそ柄にもなく少し気持ちが高ぶっていたみたいだしね。そうだ、せっかくの出会いだ!君、僕の仲間にならないかい?」


「ヒソカ!何を勝手なことを言って「うるさいなぁ。君は黙ってなよ」」


 瞬間、世界が白に染まった。
 光かと思ったがどうも感じが違う。
 この光はまるで炎に照らされているような光だ。僕らの影がゆらゆらと揺れ動いているのがその証拠だ。


 でもなんだろう?
 ……この感じどこかで味わった気がする。
 それもここ最近、


 ……あっ、


「神の恩寵の光?」


 この言葉が僕の口から出てきたのは必然だった。
 なんの悪気もない、ただのソレだ。


 だけど、そんな言葉が気に食わなかったのか、彼はダース単位の苦虫を噛み潰したような苦々しい顔をしていた。


 ギリッ。歯をくいしばる音が耳に届いた。


 なんでそんな表情をしているのか、全く理解出来ないけど、彼が怒っている事だけははっきりと分かった。


 そして、今から僕は怒られる。


 だけど、彼はそんな僕の予想をまたもや裏切った。


「なーんて、ね!どう?ビックリしたかな?アハハハ」


 彼は先程と同様のケロっとした態度で「冗談さ」そう付け加えると、少し真剣な声色で、もう一人の男性に声をかける。


「ハゲの人。今回は君に……いや、失敬、君の神とやらに彼を譲るよ。焼くなり煮るなり好きにしなよ」


「ちょ、ちょっと待て!!!僕をここから出してくれ、このハゲの人の勘違いで捕まってるんだ!!」


 こんなところであのハゲと同じになってたまるか!!
 僕はこのありったけの想いを込めて、彼を呼び止める。


「…君、その気になればいつでもここから抜け出せるでしょ?あっさり僕を発見したしね。力隠してないで、さっさと脱出すれば良いじゃないか?」


 …………この人、何言ってんの?
 普通の人間が牢屋から脱出できるわけないじゃん。
 てか、発見したつもりなんて微塵もないよ。


 バカなの?ねえ、バカなの?


「それに、君。ここのことに伝えてるんでしょ?」


「「…は?」」


 僕とハゲの奇跡の被りが起きた。


「ぷっ…あはははは!!ここまで徹底して道化を演じるとはね!君は本当に面白い!」


「どういうことだ!ヒソカ、仲間とはどういう意味だ!あと、俺はハゲてない!」


の意味だよ、ハゲの人。気づかないのかい?さっきから少しずつ振動がこちらに向かって来ているのが。まぁ、家に引きこもって安全な場所で生きてきたボンボンの君には到底無理な話か。そんなことよりも、早く儀式をした方がいいよ?あと、君ハゲてるから」


 あ、誰かこっちに近づいてきてるの?
 全く気がつかなかったよ。
 なるほど、これが引きこもりの弊害ってやつか。
 ……なんて素晴らしい人生を送っているんだろう。


「それじゃ、僕はもう行くよ」


「待て!……この小僧を気絶させてからいけ。貴様の話だと、この小僧は実力を隠し持っているようだしな」


「え、」


「ああ、確かに、君には無理だね。仕方ないこれで最後だよ?」


「え、?」


「図に乗るなよ?悪魔の手足め」
「なら、その手足に力を借りる君はハゲだね」
「チッ!…………これだから貴様らが嫌いだ」


「え、、?」


「あはは、まぁそうカリカリしてないでさ。お気楽に行こうよ。さて、ユーリ君この火を見て……。夢見る灯火ドライマーフレア




「…………zzzz」


 ・
 ・
 ・


 そして、僕はハゲになった。






「いやだぁーーーーーぁ!!?…………なんだ夢か……zzzzz」

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