火事場の超・馬鹿力~絶対に負けない超逆転劇~

ハクセイ

ドッキリ?

 それは、王城から女装したまま家に帰ってきたしまったために起きてしまった、悲しい事件だった。


 パーティに突如現れた「謎の美女」がこの地区に住んでいる。


 いつ誰に見られたのか知らないが、女装の僕がこの家に入ったところを見た人がいたらしく、その人物が、女装の僕と「謎の美女」は同人物なのでは?


 そんな他愛のない話から、広まった噂だった。


 そして、そんな噂を聞きつけた者たちが、彼女を一目見たいと集まりだし、その人だかりがまた人を呼ぶ。という、負のスパイラルが起き、今僕の家には、今までにない行列が出来ていた。


 一言で言うのなら、「人の目怖い!」


 みんな僕の家で行列を作ってるんだぜ?
 笑えるよな?……笑えないけど……。
 暇なの?暇なんだろうな。……うらやましい。


 エリノラ姉さんが、軍の訓練で家にいないことが、非常に残念だ。
 もし、エリノラ姉さんがこの場にいたら「迷惑よ!早くどきなさい!」と言って、この人だかりを解散させてくれるに違いない。


 だが、そんな強力な助っ人もいないであればなんの意味もない。


「はぁ……」
 僕は深いため息をつく。
 僕は安全でダラダラとした生活を送りたいだけの一善良な市民なのに。
 それなのに、この仕打ちだ。
 この仕打ちはあんまりだ。面倒くさいにも程がある。


 僕は嫌な気分になりながら、締めきったカーテンの隙間から、外を覗く。


――――ガヤガヤガヤ
 外は賑わっていた。


「いらっしゃい!いらっしゃい!出来立てほやほやのたこ焼きだよ!お兄さん一つどうだい?」
「いやぁ、この暑さじゃ、そのアツアツ食べる気にはならないよ。また今度で頼むわ」


「アイスクリーム。アイスクリームはいかがですかー?」
「うまそうだなぁ。お嬢さん、アイスクリーム2つ貰えるかい?」
「ありがとうございます。二つで三百円になります!」


「水分補給はこまめに!ということでジャジャジャジャーン!夏ミカンのジュースはいかがですか?ミカンが美味しいと評判のオレンジの町で取れたこだわりの品ですぜ!」
「二つくれ!」
「毎度あり!」


「見える……見えるぞ……お前さん、最近水たまりに足を突っ込んで嫌な思いをしたな?」
「そうだったんですね……。ここ最近は引っ越したばかりの家の中にずっと居たんですけど、なんだか足が気持ち悪くて……。私、知らない間に外に出て、水たまりに足を突っ込んでたんですね……」
「……。あー、……いいお店教えるからお祓いしようか……」
「本当にですか?ありがとうございます!助かります」




 ……あれ?なんか様子変わってない?
 いつの間にこんなお祭りみたいになったの?
 もしかして、さっきまでの出来事は幻だった?
 もしそうなら、安心して「せーの」外に出られ――


「「「「「フィリドール嬢~~~~~!  」」」」」


 あ、うん。幻じゃなかった。
 本当に、幻だったら良かったのに。




 それにしても暇だ。
 僕はあのパーティの日以来ずっと家にいる。
 別に家にいることは嫌いじゃない。が、もうあれから三日目、さすがにやることがなくなってきた。
 それに、強制的に閉じ込められるとの自分の意志で家に閉じこもるのは全然違う。
 同じ家の中でも前者は窮屈で、後者は自由なのだ。
 つまり、ゆとりがないとダメなのだ。




 僕は人生には心のゆとりが必要だと思っているし、この感覚は生涯を通して大切にするべきだと思っている。




 なんて、そんなことを考えながら、外の様子を覗いていると、ある猫が目に止まった。


 ……見たらわかる。
 あの姿勢に踏ん張りよう。


 間違いない……ヤツは今からアイツを生み出す。


 あの忌まわしきアイツだ。


 もしかすると、僕が踏んだのも、あの猫のアイツかも知れない。


 だが、今はそんなことどうでもいい!。


 と、いうのも実は、あの事件が解決しそうなのだ!


 それは、今、ベビーちゃんから預かった手紙の内容を確認したからこそ分かる内容だった。


『準備が整いました。
   合図があればいつでもいけます。
                ――アリスより』


 つまり、僕の合図さえあればいつでもあの事件を抹殺出来るということだ!
 あの事件が解決することができたのなら、僕は晴れて自由の身だ。


 自由……あぁ、なんて甘美な響きなんだ。
 ついでにダラダラという言葉が来れば僕の人生に悔いはない!


 早速だが返事を書くことにする。


『手紙読みました。早速ですが、今この時を以て作戦実行とします。
 今日までありがとうございました。それと、お世話になったお礼として、みなさんにごちそうをしたいと思います。ヒントは、夏にかぶりつきたくなるものです。
 楽しみにしておいてください!
                ――ユーリより』


「よし、出来た!ベビーちゃんいるかい?いたら、返事して!」


「はぁーい」


「はい返事ありがとう!さっそくで悪いんだけどさ、この手紙をアリスさんに渡しておいてくれないかい?あ、それとベビーちゃんの大好物のチーズだよ!食べる?」


「はぁーい!」


 ベビーちゃんと僕の仲だ。
 僕はもう彼女の好みが分かるようになってきたのだ!


 彼女の好みは乳製品。特にチーズが好きで、渡すと喜んでくれるのだ。


 それに、このチーズを渡すのには理由がある。


「それでさ、ベビーちゃん。女性にこんなこと言うのも失礼だけどさ、その…ベビーちゃんの背中に僕を隠れさせてくれないかい?あの状況だから、バレないように外に行きたいんだ」


 ベビーちゃんは体が大きい。僕を隠せるほどに。
 このように頼みごとがある時にお礼の品として渡すのだ。


 ……別に餌づけじゃないからね!


「はぁーい!」


 良かった。交渉成立だ。これでやっと外に――


「って、うを!?」


 なんだ?!何が起きた!?
 視界が一気に高くなる。
 目の前にベビーちゃんのお団子ヘアが見える。


「…………あの……さすがにおんぶというのは……恥ずかしいというか……荷物みたいというか……男としての矜持がボロボロというか…………降ろして下さ、きゃい!!」




――タン。タタタタ、タン


 家の屋根を駆けるベビーちゃん。




「う……気持ち悪い…」


 揺さぶりをもろにうける僕。


 傍からみると、きっとシュールな絵に見えるに間違いない。
 金髪イケメンがゴリマッチョの女性に担がれるなど、誘拐以外のなにものでもない。
 僕は、この街の警備兵に通報されないことを切に願う。


 そして、思う。


「もう……無理………」


 僕は暗闇に落ちた……。






 ♢




 ……夢を見ていた気がする。
 まるで、そう……地獄のような日々の。


 あれは、エリノラ姉さんの無茶ぶりから始まった。逃げようとする僕を、無理やり捕まえ、無理やり着替えさせ、無理やりパーティに参加させられた。


 パーティに着くと、いきなり男達に「付き合ってください」と告白され、変なおじさんに「罵ってくれ」と言われ、変な恰好をした雑魚キャ……青年に絡まれては、メイドに助けられるというおかしな体験だった。 そしてトドメのおんぶ。


 男の矜持を粉々に粉砕される。


 そんな恐ろしい夢だ……。


 ……いや、あれは夢なんかじゃない。
 なぜなら、僕ははっきりと覚えている。


 あの追いかけられる恐怖を。
 僕の意見が一切受け入れらない理不尽を。
 そして、女装、さらには女性におんぶされるという恥辱を。


 これらがすべて嘘だとしたら、あの時の僕があまりにも可哀そうだ。
 だからせめて、僕だけは僕の味方でなくてはいけない。


 そして、僕は、夢から醒めた。


 そして、僕は、現状に驚いた。


 手に手錠、足には鉄球がつけられ、薄暗い空間の中、牢屋らしきものの中に入れられている。
 ふむ……夢か。前言撤回だ。
 もうひと眠りしよう。大丈夫、きっとすべて夢だ、そうに違いない。




――数時間後


「……ふあぁあ。……イテテ…体カチコチ……」


 ……ん?体が痛いだと……?


――ムギュ!


「ふむふむ。本日もほっぺに異常なし!」


「……。」


 どうやら夢ではなかったらしい。


「……。」


 僕は何も見えない天井を見た……。
 真っ暗で何も見えない。
 あ、もしかして、王女様の悪戯かな?
 そうだよね!だってさっきまでベビーちゃんと一緒にいたし!
 あー驚いた!全くみんな人が悪いよ!






 ♢




「ユーリ様が何者かに誘拐された?」


「はぁい!はいはい!」


「酔ってしまったユーリ様を休ませるために、木陰に置き、何者かに攫われた。と?」


「……あい。はぁい!はい!」
「その時、自分は水を買いに商店街のほうに走っていたと……?」


「……それは困りましたね……こういう時に、私の千里眼が使えたら便利なのですが、そう簡単に発動しないもの事実。いったいどうした物でしょうか」


「……。はぁい」


「……ユーリ様からなにか預かっている物はありませんか?」


「……!!はぁい!!」


「これは、手紙ですか……」


『手紙読みました。早速ですが、今この時を以て作戦実行とします。
 今日までありがとうございました。それと、お世話になったお礼として、みなさんにごちそうをしたいと思います。ヒントは、夏にかぶりつきたくなるものです。
 楽しみにしておいてください!
                ――ユーリより』


「これは……ふふふ、そういうことですか」


「……はぁい?」


「安心しなさいベビー。これも全てユーリ様の計画です」


「はぁい!?」


「今すぐに飛輪団全員に作戦開始の合図を。それから、ティーナ・フォーン・ダスティネス様に助力の願いを出します。彼女の使いの者にこの用紙を届けてください」


「はぁい!」


「…………部下を動かすよりも先に、自ら動くとは……、それにこの暗号文。スイカとはまた、酔狂なお方です。スイカの緑は森、全体に縦長く入った模様は牢屋、それも密室。そして中に、ですか」


「ふふ……本当に面白いお方です。ユーリ様は」


『それに、彼は私の……』
 その日の、アイリスの微笑みを見たものは、誰もいない。

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