火事場の超・馬鹿力~絶対に負けない超逆転劇~

ハクセイ

つまり、そういうことですよね?

 そして、暗闇に


 今、世界を包んでいるのは光だったはずだ。
 だというのに、今は、まったく光のない世界だ。


 太陽はもちろん、夜になると必ず見える月の輝きもここでは何も見えない。
 見ることができない。


 ただ、分かるのは自分が今、何かに座っていて、腕が机らしきものの上にあるという事だけだ。


 指先に魔力を集中させ—―「ポッ」とロウソクの火のような火を灯す。


 見えたのは、全長五mあるかと思われる長い長方形の机。


 その反対側に見えるのは、髪と同色の、月の輝きをした瞳をした美しい女性が静かに佇んでいた。
 銀色の髪によく合う深い藍色のドレスを着た美しい女性は僕と目を合わせると、にこりと微笑む。


 そのあまりにも魅力的な笑みに、青年は思わず息を吞む。


 青年はこの魅力的な微笑みを知っていた。


 先日のことだ。


 混龍シャバウォックを倒したティーナ・フォーン・ダスティネス将軍とその軍の勝利と功績を祝う凱旋パレードが行われた。


 その始まりの挨拶で王が話しているときに、隣に立っていた女性だ。


 名前を ・


 絶世の美女と言われるこの国の第一王女だ。


 だからこそ、青年は考えるのだ。
 この状況はいったい何だ。と。


「何かが、おかしい……。そうは思いませんか?」


 青年が優しい声で語りかけるように言う。
 爽やかで、とても聞き心地の良い声だ。


「何がおかしいのですか?」


 別の声が発言を促すように聞いた。
 凜とした印象を持たせる、透き通った綺麗な声だ。


 青年は腕を組み、しばらくもったいぶって沈黙していたが、顔を上げ、王女様に言った。


「なぜ、僕は誘拐されているのでしょうか?」


「私はあの日、ユーリ様のことを観察していました。
 そして知っているのです。ユーリ様がしたことなのだと」


 ほんの少しの静寂があって、青年は言葉を紡ぎ足す。
 まるで、遠いところへ向かって喋っているような口調だった。


「僕は、なにもしていない。ただ、王都の街を歩いていただけで……。
 決して、殿下が見たようなことはしていないです」


「ええ、分かっています。ユーリ様は


「……。」


「私はと呼ばれる恩寵を授かりました。
 この恩寵は、その名の通り遠くの景色まで見ることのできる恩寵です」


 王女様は微笑みを浮かべ、「それに」と言って言葉を続ける。


「あそこに居た全員が目撃しています。ユーリ様があの日をなかったことにしたくとも、ユーリ様が行った事実は消えません」


「……。殿下はどこまで知っているのですか?」


「私が見ていたのは途中からでしたが、のことは知っています」


「……。なるほど」


 後悔しても遅いことは分かっている。
 それでも青年は思わずにはいられない。
 あのとき、ちゃんと確認しておけば……。と。
 事の発端は昨日の凱旋パレードで起きた。




 ♢




 僕はその日王都を散歩していた。
 国を蝕み続けた混龍シャバウォックを討伐したと言うことで街はとても賑わっていた。


 街を少し歩くだけでも、


「外報―!外報―!本日、隣国のモンブラン共和国の国王が来国!さらに皇子と王女も来るらしい!この国始まって以来の快挙だ!!!さあ。買った買った!」


「一冊くれ!」「こっちにもおくれ!」「あ、俺も頼むぜ!」


「あいよ。まいどあり」


「そこの兄ちゃん!王都名物オークの焼き鳥はどうだい!今日はめでたい日だ!特別サービスでいつもの半額で売るぜ!」


「なら、全部くれ」


「おお、マジか。有り難いけど兄ちゃん、ほんといいのかい?」


「ああ、何てったって今日はお祝いの日だ!こんなときに金使わないでどうするよ」


「そりゃちげぇねえ。ガッハッハ!」


 この盛り上がりようだ。すこし騒がし過ぎる気がするが、一生に一度あるかないかぐらいのお祝いの日だ。
 豪快なくらいがちょうど良いのかも知れない。


 それに、騒がし過ぎる、たまにはそんな日があってもいい。
 そう思い徐々に僕も人混みのなかに紛れていった。


 そして、三時間後、それは起きた。






 それは、人の通りの多い広場でのことだ。
 ……なぜこんなところに?と思わずにはいられないほど、不自然な場所にそれはあった。


 僕は、それを、うんこを……踏んだ。




 踏んだときは、逆によく皆踏まなかったなと感心したほどだ。


 だが、余裕ぶっていてもいられない。
 もし、こんな人の多いところでうんこ踏んだとかバレでもしたら、どうなる?
 間違いなく馬鹿にされる。
 それは僕の沽券に関わる大問題だ。


 だから僕は誰にも気づかれないように、近くの銅像にこっそりと擦り付けた。


 そして、その行いが……僕の過ちだった。


「きゃああああ!」


 金切り声が広場に響く。
 楽しい雰囲気から一変、広場に動揺が広がる。


「どうした!何があった!」


 すぐさま、広場に常駐していた兵士が駆け寄る。
 声を上げた女性はその問いにはなにも言わず、その代わりに指を指すことで兵の問いに答えた。


「なんてことを……。誰だ。国王様の銅像にうんこを擦り付けた者は!」


 兵士は女性の指す方向へ視線を向けると声を荒げる。
 それもそのはず、王の銅像を汚すことは、王への侮辱。
 それに値するのだから。


 そして僕は…………逃げた。


 そのあとのことを僕は、なにも知らない……。
 ……知りたくもない。




 ♢




 そして、今僕は千里眼の恩寵を授かったというこの国の王女に捕まっている。


 きっと彼女は知っているのだろう。
 僕がうんこを擦り付けた張本人だということを。


 ……はぁ、もう嫌だ。
 おうちに帰りたい。


「あの日、ユーリ様は捕まったふりをして、機会を窺っていた。そうですよね?」


 捕まる?ああ、うんこのことか。
 表現の方法的にまあ、捕まったといっても意味は通じるか……。


 ……でも、わざとじゃないよ!


「……違います」


「フフフ……。では、にしておきましょう」


 あぁ、ここで俺の人生終わりか。
 でも、うんこで終わるのは嫌だなぁ。
 うんこだけはない!


「ユーリ様はお優しいですね」


「…はい?」


「皆を巻き込みたくないからこそ、ユーリ様はああいう行動を取ったのでないですか?」


「え、……ええ、その通りですが、」


 だって皆を巻き込んだら、バレるじゃん。
 巻き込みたくないに決まっている。
 しかし、それももう遅い。
 王女様が知っているのだから。


「ッ!やはりそうなのですね」


「お願いです。いただけないでしょうか?
 罰もいかようにも受けますので、どうかお願いいたします」


「分かりました。ですが、罰はなにもありませんよ?」


 王女様はそう言うと、微笑みを浮かべる。
 しかし、その表情はすぐに真剣な表情になり、言葉を継ぎ足す。


「それと、ユーリ様がそうおっしゃると思い、既に手筈は整えております」


 と言った。


「手筈?」


 王女様は僕の言葉に頷くと、手を二回叩き「入りなさい」と言った。


 すると、黒ずくめの集団が現れる。
 ……てか、この人たち、どこから出てきたの?


 そんな意味不明な人たちがおよそ二十人。部屋を囲うようにしている。


「この者たちは全員が独立した動きをする事に秀でており、剣術・体術・魔法の戦闘系はもちろん、商売・金融・情報操作・工作なども行えます」


 彼らの説明を王女様が始める。
 剣術や魔法に金融、情報操作ね~。
 ん?情報操作に工作って言った?
 それってつまり、僕のうんこ事件を解決することができるんじゃないか?
 さすが王女様だ!
 でもなんでここまで僕に親切にしてくれるのだろう。


「……何が望みですか?」


「私に忠誠を誓って頂きたいのです」


「忠誠、ですか」


 僕は一般人だし、そうい風習はないんだけどな。
 ……やっぱり王族ともなればあるんだ。


「引き受けてくれますか?」


「もし、断ると言った――」


 ――背中がゾッとした。
 なぜか分からないが、黒ずくめの人たちからその正体らしきものを感じる。


「ここにいる者たちは王国を裏から守りぬいてきた、暗部と呼ばれる者たちです。もし断った場合は、秘密を知ってしまったユーリ様を秘密保持契約に基づいて、排除しなくてはいけません」


 王女様がそう言うと、血の気が急速に冷えていくのを感じる。


 ……なぜ、こういつも、やることなすこと全部裏目になるんだ?
 僕は、どこで失敗したんだ?
 最悪だ。とりあえずいつでも逃げれるように準備だけはしておくか。
 僕はいつでも逃げれるように魔力を高める。


「…………。」


 バレないように慎重に……。


「――っつ!」


 ……あれ?もしかしてバレてる?
 なんか黒ずくめの人たちの顔、引きつってるように見えるんだけど。
 ……てかなんか、さっきよりも殺気強まってない?


「……カシャ」


 一番前にいる人が胸に仕込んでいたナイフを取り出す。
 あ、間違いないわ!これはバレてるやつだ!


 うーん、なんだかんだ言って……。
 またまた、大ピンチ!!


 どんどん強くなるよく分からない何かに、体が硬直する。
 そのせいで、逃げようとしても、体が言うことを聞かない。


 どうしよう。まじで怖いんだけど……。
 ……。あれ?僕、ほんとに始末され――


「――ッ!?」


 ん?なんか、黒ずくめ人たちが変な顔してる……。
 まるで、僕に怖がっているみたいだ。
 ……。それに得体の知れない何かも止めて、くれてる?


 ――あ、もしかして僕が怖がっているから辞めてくれたとか?
 なんだ、意外と話分かってくれるじゃん!!


 ん?てか、王女様、今その秘密情報教えたよね!
 こんなの、ひっかけ問題じゃん。
 まぁ、僕としてもうんこ事件うやむやにできるから、受けるんだけどさ。


「分かりました。忠誠を誓いましょう」


「それではこちらを」


 王女様は立ち上がり僕の元へと来ると、を渡してきた。
 太陽のシンボルが入ったとても高価そうな物だ。


「これは?」


「それはこの国で扱うことができる品物です。
 現在それを持っているのはあなたを含め、この王国には七人だけです。
 他の六名はです。この意味、わかりますね?」


 うむ、六龍将がなんなのかは知らないがとりあえず、人数が少ないということはそれだけ貴重だということ。


「ええ、もちろん」


 値段が高い物ってことだよね!


「フフフ、さすがですね。やはり私の目に狂いはありませんでした」


 王女様は伸ばしている背筋をより伸ばして、こちらに右手を差し出す。


「改めてお聞きします。ユーリ・フィリドール。私に忠誠を誓いますか?」


 僕は片膝を地につけ、右手で彼女の手をとり言う。


「はい。アイリス ・モンテスキュー・フォルテイス王女殿下に一生の忠誠を誓います」


 そうして、僕はうんこ事件を抹殺するために行動を開始する……





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