火事場の超・馬鹿力~絶対に負けない超逆転劇~

ハクセイ

僕の恩寵って?

 恩寵を貰ってから一週間が経った。
 僕はあれから火事場の馬鹿力・超という自分の恩寵を調べていた。


 教会の司祭
 町にいるお爺ちゃんお婆ちゃん
 町の警備兵に門番兵
 冒険者
 農家
 酪農家
 錬金術師
 加治師
 図書館の本
 火消し師


 だか、結局それらしきものは見つからず、分かったことは何も分からないということ。


 一度火事に遭った人に話を聞きに言ったが、こっ酷く怒られて結構萎えたのでもう二度と行かないことにした。


 そして、僕は…………諦めた。


 だって、一週間も探して見つからないんだ。多分これからも恐らく見つからないだろう。


 それにもともと悠々自適に暮らすことが僕の理想であり夢なのだ。
 つまり、今の生活をで十分夢は叶っているのだ。
 わざわざ自分でこの夢の生活を壊すこともないだろう。


 そう結論に至ったら、この一週間が無駄に思えてきたけど……まぁ、自分の恩寵がどんな効果なのか知りたかったのは事実だし、しょうがないか……。


 あ、そうそう、エリノラ姉さんは三日前に、十八歳から参加できる軍主催の剣王大会地区予選で優勝し、決勝大会に進むことが決まったらしい。


 なぜ十八歳からなのかというと、軍での考えが大きく関わっている。
 この国のルールとして十五歳からは成人として扱われるが、成人といえども十五。


 まだ発展途上で体が出来ていない成人こどもとして、考えられているらしく、完全に体が出来上がる18歳までは軍に入れないようにしているのだ。


 そしてエリノラ姉さんの十八歳の誕生日は去年の十月十日。
 つまり、去年は参加できなかったので、今年が初ということだ。


 張り切りすぎたエリノラ姉さんは対戦相手のことごとくを剣のみで踏破。
 魔法を一切使わずに勝ち進み、対戦相手の自信を粉々に打ち砕くことから付いたあだ名は【破砕クラッシャー】……ドンマイとしか言いようがない。


……その対戦相手に変に親近感を感じてしまうのは、僕が骨の髄まで姉に侵されているからなのだろうか。


 ……いや、違う。そうではないはずだ。
負けるな、僕。








 ……コホン。話を戻そう。


 決勝大会だが、場所は王都で行われるとのこと。
 そのため、優勝者であるエリノラ姉さんの交通費は国がすべて請け負ってくれるらしい。


 大会の優勝者であるエリノラ姉さんは、
「どっちにしても出発するつもりだったからちょうど良いわ!」と豪語していた。


 当家のお姉様はいつだって最強だ。


 だがしかし問題もある。
 ……ここだけの話だが、エリノラ姉さんは家事が苦手だ。
 一度、母さんが手伝いでジャガイモの皮切りをさせたことがあるが、切った後のジャガイモが小さなサイコロみたいになっているのを見て立たせないようにしている。と聞いた。


 一方の僕は、そういったことは得意分野だ。
 何でもそつなくこなし、料理、洗濯、裁縫、耳掃除まで勢力を拡大している。


 そのため、エリノラ姉さんの部屋の掃除、洗濯、ボロボロになった服の修繕はすべて僕の担当になっている。
 耳掃除に関しては、姉さんだけじゃなくて父さんや母さんまで僕に頼る始末。


 またここ数年で腕力も付いてきたため、料理のレパートリーが充実。


 昔は母さんがいない時だけご飯を作っていたのだが、今では台所に立たない日がないぐらいだ。


 ……あれ?これほとんど僕が家の家事してない?
 グダグダしているつもりが、実は結構働いていたなんて……。


 火事だけに家事ってか。


 ……笑えない。




 ……さて、そんなこんなで、エリノラ姉さんが帝都で上手くやっていけるのか心配な母さんが「どうにかしなさい」と言ってきたが、僕に何をどうしろと言うのか。


 それに最近はずっと動き回っていたし、エリノラ姉さんも大会に参加していたため、一緒にいる時間もあまりなかったのだ。家事を教えようにも限度がある。


 それでも時折、話し相手がいないことに、少し物足りなさを感じることには否定はしないが。


 ま、気にしたところで、エリノラ姉さんが自力で頑張ろう
と思わない限り僕にできる事は何もないのだ。気長に行こうではないか。


 きっと、そのうちに「私に家事を教えてください。ユーリ様」と言ってくるだろう。


 ……ああ、なんて素晴らしい光景なんだろう。今から楽しみで仕方ない。




 そんな妄想に胸を膨らませてながら町中をぶらぶらと歩く。




 ……このくらいの日の高さなら、図書館に行ってるか、聞き込みをしてるなぁ。と、一週間の行動を思い出す。


 人生の中で一番、頑張ったと言える調査だ。
 結局水の泡にだったけど、


「俺の恩寵って、結局なんだったんだろうな……」
 しみじみと呟く。


「何してんのよ」
 そんな声と共に僕の肩に誰かの手が乗る。


「うわっ?」
 いつの間にか誰かが僕の真横に。
 くっ……この僕が後れを取るなんて。さては相当な手練れか。て、なんだ。エリノラ姉さんか。


「なに、そんなに驚いてるのよ?」


「突然横に来たら誰でもビビるよ。全く、見かけたんだったら声ぐらいかけてくれたら良いのに」


「は?何回呼びかけたのと思ってんのよ?全部無視したのはユーリじゃない」


 エリノラ姉さんはムスっとした表情で僕を睨む。


 ……え、そうなの?


「ごめんなさい」


「はあ……もういいわ。それにしてもあんたが考え事なんて珍しいわね。何考えてたのよ」


「僕の恩寵ってなんだろうって考えてた」


「あぁ、確か火事場の馬鹿力・超。だったけ?ここ最近調べて回っていたようだけど何か分かったの?」


「いいや、結局なにも分からず終い。それどころか火事に遭ったおじさんには怒られるし、もう散々さ。
でも、気づいたよ。僕の理想は安全な生活をすること。だから恩寵のこと知らなくても、何も問題ないってね」


 エリノラ姉さんは「ユーリは相変わらずね」と言うと、少しだけ微笑んだ。


……悔しいがその微笑みは、家族の目から見ても贔屓目なしに可愛い。


 しかし、忘れてはいけない。
 エリノラ姉さんはデスハンドの持ち主。


 それに先週初めて知ったが、今までのデスハンドは手加減をしていたという衝撃的事実。


 そこから導き出される答えは一つだけ、


――本気の力で捕まったら死ぬということ。


 もし、そうなれば、僕の骨は粉砕されて今まで見たこともない凄惨な現場になるだろう。


 エリノラ姉さんの手はもはや、ただのデスハンドではない。デスハンドは進化を果たした。
   日々の素振りから来るエリノラ姉さんの純粋な握力に先週知った恩寵の剣神。


   デスハンドはそれらの過程を経て、真の姿を現した。


 その名も――【トゥルー・デスハンド】


 僕に死をもたらす悪魔の手だ。




――「ハッッ!?」


 ……アレ?なんだか体が動かない。それに、寒気がする……。


『ッッ。




右斜め前方に危険警報。直ちに脱却せよ。繰り返す、脱却せよ』
 脳内信号が僕の中で警報を告げるも時は既に遅し、


「ガシッッ」


   ……僕はもう、死んでいる。※死んでいない


「あ、ご、ごめん……えっと、確か饅頭の話だったよね?…いやぁ、饅頭っていつ食べても美味しいよね」


「その話はもうとっくに終わってるわよ。舐めてるの?それにさっきから私のことを無視するなんて……いい度胸じゃない?ユーリ?」


 その時、一つの映像が流れる。
(ええか、ユーリ。女性は会話を適度に返されることに一番腹を立てる。儂も婆さんに何回アイアンクローを受けたことか……もし、うっかり聞き逃したなら、素直に謝ることだよ)
 byおじいちゃん。


 ……血は争えないってことか。
 てか、遅いよじいちゃん!
 もう捕まっちゃったじゃん。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


「はぁ……もういいわよ。その考えだすと何も聞こえなくなる癖、治したほうがいいわよ」








「あ、あはは、男なんて精神年齢五歳時みたいなものだからね……これからは気を付けるよ……」


「今回は許してあげるけど、次はないわよ。……それにしても精神年齢五歳ね……ユーリの癖になかなか納得性のあること言うわね」


 すまない、同志たちよこの屈辱はいつか必ず晴らして見せるから。
 ……ん?でもこの町の男たちって、いつも俺にちょっかい出してくるよな。


 ……あれ?意外と当たってる?


「ユーリは……のままでいなさい」


「ん?なんて言ったの?よく聞こえなかった」


「なんでもないわ。私明日の準備があるから先に家に帰るわね」


「あ、帰るなら一緒…に……」


 エリノラ姉さんは僕の言葉を聞かずに、逃げるように帰っていった。
   何か聞き逃した感じがするけど…まぁ、いっか。


 さて、僕も帰ろう。
 そうだ。せっかくだし、ハードボイルドっぽい雰囲気で帰ろう。


「あ、いつも遊んでくれるお兄ちゃんだ。お兄ちゃんー。勇者ごっこしよ~~」


「…………。」


 ……さて、そろそろハードボイルドも疲れたし辞めるか。


 いや、決して恥ずかしかったとかじゃないからね。ホントに違うからね。


 ♦


 フォルテイス王国歴 百年四月九日


 いつもよりも早めに起床する。
 なぜなら、今日はエリノラ姉さんが帝都へ出発する日だからだ。


 既に起きて、姉さんの荷物を玄関に運んでいる父さん母さんに「おはよう」と挨拶をして、リビングに降りる。
 昨日の晩御飯の残りを朝食にして、食べ終わると、すぐに顔を洗い、着替えて荷物運びの手伝いをする。


 リビングの窓から空を見ると、どんよりとした雲が広がっていた。
 あと数時間もしたら、雨が降る……そんな天気だ。


 二階にある姉さんの部屋から荷物を抱えて、玄関まで運んでいると、黄金の龍の紋章が入った一台の馬車が目に入る。


 実力至上主義国家として周辺国にまで知られているフォルテイス王国の国旗だ。


 その、あまりにも立派な馬車に少しの間、目を奪われていると馬車の荷物置き場から「ドンっ」と荷物を置く音が聞こえる。


「あ、ユーリ。やっと起きたのね。遅いじゃない」


 エリノラ姉さんはそう言って馬車の荷台からヒョイっと顔を出す。


「そんなことより、ずいぶんと持って行く荷物少ないけど大丈夫なの?」


「あーそのことね。私もどうしようか迷ったんだけど、全部持ってくと荷物になるし、それにもう古いから多分、すぐにダメになると思ってね。どうせそのまま帝都に住むんだし、現地で買ったほうが荷物も少なくていいでしょ?」


「なるほどね。確かにその方が効率良いかもね」


「でしょう?フフンっ。私ってば頭良いわね」


 エリノラ姉さんが頭良いだって?
……ははは。面白い冗談だ。
もし、仮にエリノラ姉さんの頭が良いとする。ならなぜ僕の意見を無視して毎回連れ回すなんてお嬢様プレイが出来るんだ?


なんて、口が裂けても言えないけど……。
心の中でならいいよね。


「なんか腹立つわね。その顔。」
……叩かれました。
なるほど。これが理不尽というものか……。
もう対処仕切れません。




人は皆平等なんて言葉。
この世には存在しないよ神様。


「エリノラ殿。荷物全てをお乗せ致しました。いつでも出発できますので準備が整い次第お声をかけてください」


「分かったわ。それじゃあ行ってくるわ」
と元気ハツラツと言うエリノラ姉さん。


「頑張ってくるんだよ」と父さん
「帝都に着いたら手紙書きなさい」と母さん


そして僕の番……


「お金稼いだら僕を養ってね。エリノラ姉さん。できればダラダラさせてくれると嬉しいです!」


「バカ言ってないで、あんたは働きなさい」
エリノラ姉さんがそう言いながらも笑う。


「御者さーん。おねがいしまーす」
エリノラ姉さんが合図を出すと同時に馬車が動き出す。


「バイバイー!」
僕は満面の笑みでエリノラ姉さんを送り出す。






徐々に遠くなる馬車。


エリノラ姉さんは僕たちが見えなくなるまでずっと手を振っていた。




そして、なにも見えなくなった今。僕はさっきまでの姉さんの通っていた道を眺めていると…


不思議と……元気が湧いてきた。


「すぅーーーーーー。はぁーーーーーーーーー」


「あぁ、なんて清々しい気分なんだ……」


そう、僕は今、自由なのだ!




なんだかこのまま家に帰るもの勿体ない。
雨が降りそうな天気だが、


「今はそんなのどうでも良い。そうだ。せっかくだし、町の外にでも出てみよう」


実は、僕は今までこの町から出たことがない。
まあ、この町から出るつもりなんて毛頭ないが、一度くらいは外の景色を見てみたいと思っていたのだ。


外に出ようと何度か試みたのだが、エリノラ姉さんになぜかもの凄く止められ、代わりに、エリノラ姉さんに振り回される日々を送っていたため、なかなか出られなかったのだ。


だが、もうその元凶はもういない。


町の周辺は常駐している騎士たちが倒してくれているので安全だと(七年前ぐらい)聞いたことあるし、記念に出てみよう。


 ♦




僕は今、門のすぐ手前にいる。


そう、今から僕は生まれて初めて外に出るのだ。
なんだか緊張してきた……けれど、それ以上にワクワクしている。


さぁ、いざ外の世界へ――


「おい、少年。今日は外に出ない方が良い。さっき王国軍の馬車が通ったとはいえ、今の町の外は――」


「あ、そういうのいいんで。それじゃあ」


 全くせっかくいいところだったのに……
 これだから空気を読めない人は。


「あ、おい!だから、今はハーピーがいるから危険だっ……って、ダメだ、聞いちゃいねぇ……。まずいぞ。これは急いで報告しなければ」






















 町から出て二十分後。


――ヒュゥゥゥゥゥゥゥ。




「うーん」




――ヒュオオオオオオ。




「結構歩いてきたな~」




――ヒュオオオオオオオオオ。




「思ったよりも何もないし、飽きたし、そろそろ家に帰って昼の準備でもーー…」




――ガシッッッ。


「ん?」


 僕の肩に大きくて硬い爪のような物が乗る。


「何、これ?」


――バサ。バサ。バサ。


 羽ばたくような音と周囲に飛び散る羽らしき物。
 さっきまで居た場所からどんどん離れて行く。
 なんだか、町がどんどん遠目に見えるなぁー。
   この町ってこんな形してたんだね。


 あ、衛兵さん達だ。
 ……なんか慌ててるなぁ。
 一体どうしたんだろう?


 ……さてと、まぁ、うん。
 確認しないとダメ?だよね。


 とりあえず現実逃避は辞めよう。


――落ち着くんだユーリ、落ち着いて、確認をするんだ。


 ふむ、ブヨブヨ感触の手の平のような物に硬い爪。
「あー、うん。これはあれか。足?だよな」


「あはははは。笑える。デスハンドの次はデスレッグってか。ご丁寧に空の旅付きときた。ははははは……はは……はぁ…………えええええええええぇ!!!」



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