ピーターパンは帰れない。

師走 こなゆき

5.遠くに見える発光したレインコート。あれがゴール。


 また朝が始まる。何もない朝。どうしようもなく、平和で、退屈な朝。

 いつも通りの機械的なアラーム音に起こされ、いつも通りの高校指定の制服に着替える。そして、いつも通り、洗面所に向かい、学校に行く準備をする。

 そしていつも通りに朝ごはんを食べようと、食卓に向かった。

 今日の朝ごはんは、白いご飯とお味噌汁。そして肉じゃがと、珍しく和風で固まっていた。

 ふと見ると、お父さんがいない。

「ああ、お父さんなら、今日は早かったみたい」

 そうなんだ。昨日あんなことがあったばかりだから、わたしとしては、顔を合わせにくかったんだけどね。

 わたしは、座って朝ごはんを食べ始める。

「もう、昨日のうちに言っといてくれなきゃ、お弁当用意できないじゃない。ねえ」

 お父さんが早いからか、今日のお母さんは、少しご機嫌らしい。

 わたしが食べている間も、お母さんは話し続けている。

 お父さんに対しての愚痴だったり、昨日放送していたドラマについて、カッコイイ新人俳優、いつか近所で起こった交通事故など。いつも通りの内容。

 わたしは、いつも通り聞き流して返事をしない。

 食べ終わると、食器をシンクに持っていき、弁当を奪い、かばんに詰め込んで玄関に向かう。

「あ、ゴメンね。行ってらっしゃい」

 わたしは、家を出て、学校に向かった。

 私の席、教室の窓際。健全で平和な戦場の片隅。

 見捨てられた私。誰も骨を拾ってくれない屍。

 今日も変わらず空は晴れていて、目が痛いくらいに青すぎる。

 空は何も慰めてくれない。

 戦い続ける元戦友も、今は前しか見ていない。振り向いてくれるはずもない。

 前に立ち、話し続ける教官殿も、受験を知り尽くしたかのような話し振りで、語り続ける。お前らは何も分かっていない。ヒヨっこ共め。そう言わんばかりに。

 さらに戦い足りない兵士は、学校という戦場が終わると、また新しい戦場を求めて塾へと向かう。勇ましいことに、早足で。

 わたしは何をしに向かうのだろう。他の兵士のように、目標もない。勝つことに意味なんて見出せない。

 他の兵士と同じように、闘っているふりをして、生きているかのように見せるリヴィングデッド。

 でも、生きている人から見ると一目瞭然で、だから、誰もわたしを気にかけない。

 生きていると死んでいないは同義語じゃない。

 ああ、楽しくない。ああ、つまんない。

 落ち着かない。早く授業が終わればいい。

 長い塾の授業が終わると、わたしはまるで生き返ったかのように走り出した。

 昨日通った道。でも良くは覚えてないので、自分の感覚を信じて走り続ける。

 今日も風は吹いていない。汗が噴き出る。

 こんなに走ったのいつ振りだっけ? おそらく、体育のマラソンだったかな。制服姿で必死に走る女の子の姿に、すれ違う人は誰もが振り返る。

 遠くに見える、発光したレインコート。あれがゴール。

 遠くから近づいてくる耳鳴り。狭くなる視界。

 また、会えたね。

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