フォーの聖所

ikaru_sakae

page104

「うむ。言いにくいことだ。だが、言わねばなるまい」
「言いにくい?」
「そうだ。アント・フォルマは、たしかにここに受け入れた。その者の肌のぬくもりを、わたしは今でも覚えている。この手で彼を、ここに取り上げたのは。他ならぬわたしだからな。忘れるはずもない。が。悲しいかな。アント・フォルマは、また、去った」
「去った…?」
「うむ。消えた。ふたたび命を落とした、と。そう言ったなら、わかりやすいか?」
「命… えっと。それって、つまり――」
「死んだ、のだ。消えた。ここ一昼夜の、島をめぐる戦闘の中で。戦に巻き込まれた。島の東の、タスコの町の夜祭りに、ほかの子供らとともに、遊びに出かけた。が。そこに襲撃が来た。アントはそこで、逃げ遅れた。その夜、そこで命を落とした者は二十七を数えた。アントはつまり、その中にいた。そういうことだ」
「そん――な――」
「ここはあくまで、かりそめの場所だ。永遠に命を、つなげる場所ではない。この場所に生き、ここでまた形を失った者は――」
 フォーは言葉を止め、暗さの中でたたずんで――
 そして視線を、わずかに上げた。暗闇の中を、色なき蝶が、無限の羽音となってさわいでいる。かすかに空気が動く。かすかに空間がゆらぐ。
「つぎの場所へと、移行する。それが正確にどこか。私もじつは、知り得ない。わたしもまた、この世界の理を、すべて究めた者ではない。だからわからぬ。どこに散り、どこへ去ってゆくものなのか。命はどこへ、向かうのか」
「………」
「ここには弟はいないと。嘘をつくのは、たやすかった。だが。わたしは嘘を好まない。真実を、わたしは常に、友とする。だから伝えると決めたのだ。遠い旅路を、ここまで来た者に、事実を告げるのは酷だと思う。酷ではあるが――」
「あの、」
「何だ、娘。」
「あなたは、誰、なのですか? 神様ですか? それとも――」
「ふふ。おまえの問いはわかるぞ。それとも、わたしが悪魔かと。そう、ききたいのだな?」
 フォーが笑った。
 とてもかすかに。とても小さく。あたたかに。
「いや。どちらでもないな。わたしは、わたし。ここにあるもの、だ」
「ここに、ある?」
「そうだ。善でもない。悪でもない。ただ、あるものだ。わたしはフォー。それだけだ。そしてわずかに、生と死のはざまを、さまよう力があるようだ。また、そこにかすかに作用を与える―― そのような力が。このわたしには、もとよりあるようだ。だからわたしはその力をつかう。わたしがわたしとして。フォーがフォーとして、ただここで、ただ、わたしにできるであろう事柄を、ただ、ここで、為すのみだ。その程度のものだ。どうだ、がっかりしたか?」
「…いえ。特に、がっかりとかは――」
「まあ、ただし―― わたしの中にも、ひとなみの、少しの心は、あるようだ。ここまでお前を呼びつけておいて、そのまま手ぶらで返そう。などとは。わたしもさすがに、思っていない」
「…? どういう、ことですか?」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品