フォーの聖所

ikaru_sakae

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 濡れて青光りする金属製の、今にも折れそうなくらい繊細に作られた優美な螺旋階段を、イーダはひたすら登ってゆく。リリアも、遅れぬようについていく。どこまで登っても階段は尽きない。ひたすらに、ひたすらに。円を描いて、上へ、上へ。途中でここが、地上のどこなのか、世界はいま、いつどの時間を刻んでいるのか。すべてが曖昧で、自分の存在が、どんどん希薄になってゆく。そのような、不安―― いや、それはあるいは、安息、なのかもしれない。自分がうすれ、かわりに、何かに包まれる。遠い昔に、どこかでこれと同じ気持ちを味わった気がするのだが。ほの暗い螺旋階段をひたすらに踏み、同じ動作を反復しながら、リリアは、その記憶がいつの記憶かを、とうとう思い出すことはできなかった。階段は、まだ続いた。リリアは踏んで、踏んで、そして――
「着いた。」
 イーダが足を止めた。
 暗い部屋、壁がどこかもつかめない、漠然とした暗闇の中にひたすらに水のしずくは降り続け―― その水の膜のむこうに、ひとつの扉があった。扉は黒い金属でできており、周囲の闇と、見分けることが難しかった。かろうじて、その片側が、人ひとり通れる程度に開いていることが、リリアの場所から見てとれた。隙間の向こうは、ここより深い、また、あらたなる暗がりだ。
「さあ。ここからはひとりで行って。わたしはもう行く。あとはあなたが、フォー様と、じかに話をしなさい」
 イーダはそう言って、今来た階段をおりてゆく。その口調、そしてその去りゆく後ろ姿に、ごくかすかな怒りの気配を感じたけれど―― イーダが発する感情とも呼べないその気配、それを作った理由が何なのか、リリアにはわからない。ただ、少し、気が沈んだ。あまり自分は、ここでは歓迎されていない、のかも。

「来たか、娘」

 扉の奥から声がした。
 光る声、だと。リリアはそういう言葉を心に浮かべた。
 聖所の暗がりの中、その言葉だけが、たしかに光を放っている。
「こちらへ。怖れることはない」
 その言葉に導かれ、
 リリアは扉の向こうに、ゆっくりと足を踏み入れた。

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