フォーの聖所

ikaru_sakae

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 舟の上では、ずっと、そういう話をしていた。
 リリアはうしろで、だまって、過ぎてゆく水辺の景色を見ていた。
 あたしとまりあは―― 
 そこでたくさん、話をした。とてもとても、たくさんの話を。
 今までずっと、話せなかったこと。今までずっと、思っていたこと。心にずっと持っていたこと。隠していたこと。隠さなきゃいけなかったこと。
 それをぜんぶ、そこで。二人ははじめて、言葉にした。
 水の上を渡る風は少し冷たくて、空は曇りで、その向こうにあるはずの太陽は、一度も姿を見せなかった。舟はひたすら進み続けて、水はどこまでも舟を導いて、そしていつも、そこには風があった。風はわたしとまりあの髪を揺らせ、服のすそをパタパタと揺らせ、そして後ろに通り過ぎていく。でもまた新しい風が、前からやってきて二人の髪の揺らし―― 風はいつまでも、止むことはなかった。冷たい風だったけれど―― でもわたしはその冷たさの中に、何か本当の、世界のまっすぐな澄み切った本当の言葉が、そこにはきっと含まれている。そういう感じが、ちょっとした。世界の言葉は、どこにでもある。そこにも、ここにも、あそこにも。ただ、それを。わたしはここにいて、そのまま、感じていればいいんだ。そんな、よくわからない、漠然とした思いがわたしを包んだ。わたしは風に包まれて―― そしてその人の―― いまは確かにそばにいる―― そしてもう、また、まもなく二度と会えなくなる。その、いちばん大事なその人の、かすかな熱を、そばに感じて。舟は―― 舟よ、もうずっと、ずっとこのまま、水の上をはなれないでと。思った。舟。もう、ずっと。二人をこのまま。しずかな水の上に、このままずっと、つなぎとめていて。時間よ、止まれ。もうここで。この瞬間を。これだけをもう、永遠の絵としてフレームに入れて、もう、どこにも。どこにも遠くに、わたしのそばから、持って行かないで――


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