フォーの聖所

ikaru_sakae

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「どうして死んで、しまったの?」
 わたしはきいた。
 ひとしきり泣いて泣いて、
 涙がだいぶ、おさまって、
 ようやく最初の質問。
 ちらりと横を見ると、
 おねえちゃんは――
 その、ヤンカの姿をまとったわたしの姉は――
 どこかずっと遠くの霧を見て、それから、口のはしで、声をたてずに笑った。
「どうしてかな。ほんとに死ぬつもりは、なかったのだけど」
「事故――?」
「とも言える。でも、自殺かな。いろいろうまくいかなくて、人間関係テンパって、もうダメだなと思って。薬を飲んで、そのまま海に入った。何か、そういうの、いっかいやってみたかったんだよね」
「やってみたかった?」
「うん。そういう、絶望した女の子のやりそうな、いかにもなこと、とかさ。ドラマとかの見すぎかもしれないど。なんか、衝動的に、さ。そういうの、演じてみたかった自分がちょっといたんだね。でも、演じたつもりが――」
 彼女はそこで言葉を止めて、左右に首をふり、
 それから少し真剣な目で、自分のブーツの先のあたりを見た。
「バカだね。そんなのやったら死ぬことくらい、わかりそうなもんなのに。季節は二月で。雪まで降ってて。普通に泳いだって死ねる気温だ。そこで薬やって、ね。バカだ。」
「おねえ、ちゃん――」
「いろいろ、迷惑かけた。あたしがもっと、ちゃんと稼いで。あんたを学校にやったりとか。あんたが無理なバイトしなくても普通に暮らせるくらいには。あたしが、もっと――」
「ううん。そんなことない。おねえちゃんは、いつも、がんばってくれてたよ。すごく、感謝してた」
「まあ、そう言われるとちょっとは心がなごむね。まあでも、ダメな姉だったのは本当。いろいろあんたに、迷惑かけた」
「迷惑とか。そんなの、考えたこともなかった」
「いい子だ、あんたは。あたしの妹にはもったいない」
「そんなことない。いい子、なんかじゃ、ぜんぜん、ないから――」
「まあ、でもね。タイミング的にさ。あれよりほかに、選びようがなかった部分も、ちょっとある。」
「タイミング…?」
「うん。いろいろあたし、バカだから、お金のやりくり失敗して、おっきな借金したりとか、しててさ。あんたには、恥ずかしくて、そんなの言うこと、できなかったけど」
「………」
「でも、借りた相手が悪くて。すごく危険なヤツラと、つながってたりもして。あたしもそれほど、善良な市民じゃないし悪い事バカなこと、いっぱいしてきた。それでもなんとも思ってなかった。でも。下には、下がいる。悪いやつには、底がない」
「………」
「そういうのにつかまったら、もうちょっと、厳しいよ。身動きとれない。脅されたり、いろいろ、ちょっと口では言えないこと、やられた。でも、抜けられない。あんたもうすうす、知ってたかもしれないけれど。あたし、体うって、いろいろ、やらしいことして、汚いことして。そうして何とか、借金かえして。ちょっとはましな暮らし、あんたに、させてあげたらとか、そんな甘い事、ずっとずっと、できもしないで、考えるだけで。」
「おねえ、ちゃん――」

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