フォーの聖所

ikaru_sakae

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「僕たち姉弟は、バッカリア共和国で生まれ育ちました。バッカリアは、ドイツ連邦の南、オーストリアとの国境近くにある小国です。父は早くに亡くなり、母と、ぼくたち姉弟との三人の暮らしが長く続きました。けっして裕福ではなかったけれど、母は優しい人でしたし、僕はとくに僕たち家族が不幸だと思ったことはありません。」

 エルナが寝室に去ったあと、弟のシーマが、話の続きをわたしたちに聞かせてくれた。わたしたち3人は庭の噴水のそばに座り、そこで話をした。ここから見える、前庭の入口のアーチの向こうには、渓谷の急な斜面をびっしり埋める、ウトマの夜景が見えていた。
 

「でも、それは僕が10歳の夏までのこと。それからあとは、控えめに言っても地獄でしたね。すべては、あの男が家に来た時から始まりました。

 男は、最初は優しかったです。いいえ、優しいふりをしていました。男は母の友人で、「少し先で、あなたたちのお父さんになるかもしれない人」だと。母はそう、紹介しました。でも、僕は一度も、そいつに心を許したことはなかった。笑っている時でも、けして目の奥は笑いません。そこに何か、冷たくゆがんだものを僕は見ていました。なぜあの聡明な母が、そういう男の暗い部分に気がつかないのか。それが不思議でならなかったです。男が姉を見るときの、じっとりとした、なめるような嫌な目が、僕はいちばん嫌いでした。姉をそんな目で見るなと。何度も心の中で思いましたよ。

 秋ごろから、色々なことが壊れていきました。男はことあることに母を殴りました。ひどい時には、重い物を頭に投げつけたり、倒れて動かない母を蹴ったりしました。僕は男がいないときを見て、母に言いました。どうして、やり返さないの。どうして警察に言わないの、って。でも母は言うのです。わたしが全部、悪いのだから。わたしがもっと注意して、あの人が怒らないように。もっとしっかりしなくちゃいけない。そう、言うのです。

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