フォーの聖所

ikaru_sakae

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「こないだの大潮の時期あたりから、グマの帝国の軍船団が出張ってきてな」アタマの禿げあがった大男が、胸の前で腕を組み、渋い表情を作ってみせる。「パフィン海の北部海域、一般商船の航行は、無期限に全面禁止。帝国の許可なく海に出た船は、警告なしに撃沈する、だとか」
「ええ?? なにそれ? 戦争とか、そういうの?」
「うーん、っていうわけでも、なさそうなんだがな」そう言って男は、左手の指でこめかみのあたりを掻く。「このところ隣国のシルアーヴィアとの外交関係も良好だって言うし、南方の竜族国家グィンガも、最近はめっきりおとなしくなったって噂を聞く。南の国境も異常なし」
「じゃあなんで? なんでそんな、非常事態令みたいなのが出ちゃってるのよ?」
「だから。それはな、俺らの方が知りたいっての。帝国政府の役人は、命令出すだけでこっちにはひとつも事情説明しやがらねぇからな。ったく。まあだが、おかげでこっちも商売あがったりだ。いつもなら一日に七便以上も出ているトルマリス行きの交易船が、のきなみ運休。組合員の来月の給料がどうなるのか。それすら今はわからん」
「給料とか、そんなのどうだっていいじゃない。どうせみんなNPCなんだし、失業して困るとかそういうの、リアルには全然ないわけで――」
「お嬢ちゃん、なんだか言ってることがよくわからんな。まあ、とにかくだ。うちとしては船は出せない。それはもう決まってる」
「でも――」
「だが、お嬢ちゃんがどうしても、その、メ・リフェ島に渡りたいって言うんなら――」
「え?? 船出してくれる? 出してくれるの??」
 わたしは全力でカウンターに身をのりだしてその大男のゴツイ腕を両手で握りしめた。
「おいおいおい。出せないってば。うちは」
「なによ! 期待持たせないでよ!」
「まあ、だから。『うちは』って言っただろう。だが、『よそ』は、また事情が違うかもわからん」
「『よそ』? 『よそ』って何?」

 そのあと十分ぐらいそこのカウンターでしつこく食い下がり、大男を問い詰めた結果―― なんでもこの街には、このメインの商船組合の他にも、中小の民間の船会社が十数社ほど、商売をしているらしい。その中には、怪しい荷物の荷運びや違法すれすれの危険な案件を専門に手掛ける裏の商船屋もあるとか、ないとか――

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