アッフルガルド
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「ヨルドさま、」
「何?」
「見ましたか、今のを?」
ひとつのビルの上層で、黒衣の二人が会話をかわす。
季節にそぐわぬ黒のローブ、
その額には、奇妙な文字のペイントが。
「いまたしかに、手を振りました。ほらまた、」
「どこ? いったい何の話?」
退屈そうにひとりが答えた。ビルの屋上の隅にふわりと座り、足を下に投げ出して。
天をつくようなビルの列。数多くの窓、日の光を映して輝くセラミックタイル。
そしてビルの谷間には、大きな街路樹の列が、まるで緑の河のように――
「この小世界のニンゲンからは、光学偽装したわたくしたちを目視するのは物理的に不可能。それはもうわかりきった事実でしょう?」
「しかし―― たしかにこちらを見ていました。女性です。まだ少女と言っても良いくらいの年齢」
「ダグ、いいからあなたも座ったら?」
「ですが――」
「ほら、いいから座って」
「…はい」
ひとりがしぶしぶ、そこに座った。
吹き上げてくる都会の風が、ローブの裾をぱたぱた揺らす。
白い鳥の群れが、パタパタと羽音をたててビルの森のかなたに飛んでいく。
「でもここは、たしかになかなか興味深い世界ね」
「はい。興味深い、の内容にもよりますが」
「わたくし決めました。休暇は二光時単位、延長します」
「延長ですか? しかしそれでは――」
「もう決めました。あなたも少し、戦い以外のことをいろいろ経験する方がよいです」
「はい―― それは――」
「ふむ―― ここはだけど、前に見たときよりもずいぶん綺麗に整っていますね」
「ヨルド様?」
「それに、前にはここには、こんなに緑もありませんでした」
「あの―― 一体それは、いつのお話を?」
「あ、いいえ。今のは冗談。ひとりごと。さて、このあとどこに移動しましょう?」
そして春風がもういちど吹いたとき、
そこには誰の姿もなく――
無人のビルの屋上を、無心に風が吹きわたり――
そして――
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