アッフルガルド

ikaru_sakae

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「…悪魔、とおっしゃいましたか? では悪魔がいったい、ここで何を?」

「おそらく信じては頂けないでしょう。しかしあえて事実を申し上げますと―― ここを護るためです。あなたの時空を守護するため、わたくし含めた十二の悪魔が共同戦線を張り、」
 
 悪魔を名のるその少女はそこで言葉を止め、そのあと苦しそうに顔をゆがめました。

「しかし、その多くはすでに敗れ去りました。防戦は失敗です。すでに十名が、天使との攻防の中で消え去りました。ここもまもなく終わります。ですので、わたくしはひとりでも多くの人名を救出すべく―― 残りのすべてのリソースを注いで、まだかろうじて残ったここでの救命のために――」

 そこではじめて少女は―― 悪魔は―― 彼女をとりまく空間にひろく目を向けました。
 少女の顔が、また一段と悲しみにゆがみました。
 彼女は見たのです。
 赤黒い血の海。むせかえるような死臭。
 大聖堂に救いを求めて集まった人々は―― その数は数千。
 わたくし以外の誰ひとりとして、救われなかったのです。
 あの恐ろしい襲撃者が、ひと瞬きする間に、すべてを終わらせました。
 すべてが死せる肉に変わりました。
 神への救い、天使の救済を求め、ひたすらにひたむきに地に伏せ、祈りをささげた人々――
 女もいました。男もいました。その多くは、まだ大人とも言えぬ若い者ばかり。
 小さな子供もいました。赤子もいました。身ごもった若い母親も大勢いました。
 しかし救いは、こなかったのです。
 最後の最後の最後の最後の最後の最後――
 いちばん最後のそのときまで――
 わたしは神を見ませんでした。
 彼はここには来ませんでした。

「生存者はあなたひとり―― ですか」

 悪魔が、つらそうにうめきました。

「ごめんなさい。もう少し、はやくに来られるとよかったのですが」

「…あなたは、悪魔とおっしゃいましたね?」
 
 わたしはようやく、声を出しました。
 わたしの中の何かが、言葉をいま、欲していました。
 だからわたくしは、あえて言葉を――
 しぼりだすように、そこに言葉をつづけたのです。

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