Bluetoothで繋がったのは学校1の美少女でした。

穂村大樹

第26話 灯台下暗し


俺の質問を聞いて急に立ち止まる日菜らしき人物。
それに合わせ俺も慌てて立ち止まった。

お互いが息を切らし肩を激しく上下させる。

季節は春から夏に移り変わり、少しずつ上昇している気温のせいで汗が止まらない。

息を切らしたまま、日菜らしき人物に話しかける。

「日菜……さんですか?」
「……」

日菜の名前を出して質問するも、日菜らしき人物は俺に背を向けたまま声を出さず、その場に立ち尽くしている。

「ライブで元気がない様子の日菜を見て心配で……」

俺が何度問いかけても返答がない。

勢いで日菜のことを、日菜と呼び捨てで呼んでしまっているのは気にしないでおこう。

どう話しかけていいか、頭をフル回転させるがこのあり得ない状況に俺自身困惑している。

「……信じてくれますか?」

日菜が突然口にした言葉の意味を飲み込めず、余計に困惑する。

というかこの声、絶対日菜だ。何十時間、何百時間と聴き続けてきた日菜の声を間違えるはずがない。
疑惑が確信に変わった。

「信じる。なんでも信じる」
「私が何を言っても信じてくれますか?」
「ああ。絶対に信じる」

日菜は何を言うつもりだ?
知り合いでも何でもないただのファンの俺に何か言いたい事があるのだろうか。

「信じて欲しい事が2つあります。じゃあまず一つ目です。私は声優の日菜本人です。そっくりさんでも何でもありません」

――?

まじか‼︎ やはり俺は間違ってはいなかった。

「やっぱり……。その声を聞けば日菜本人だって事はすぐに分かります」

この声が紛う事なき証拠だ。俺が今話している女性が日菜本人である事は信じよう。

それにしても、なぜ日菜がこんなところにいるんだ?ここは都会から1時間ほど電車に乗らなければたどりつけない田舎街だ。

大人気声優の日菜がこんなところにいるはずがない。

「それじゃあ2つ目です」

日菜がそう言ってからしばらく間があり、日菜は後ろを向いたままメガネとマスクを外す。
そして結んでいた髪を下ろし、前髪を触ってからこちらを振り返った。

「これを見て、どう思う?」

振り返った日菜の姿を見て衝撃を受ける。

そこには俺の知っている日菜の顔ではなく、俺のクラスメイトでオタク友達の楓の顔があった。

衝突した時に見た日菜の顔は髪で隠れておらず、メガネを掛けておりマスクをしていた。

それが今の日菜は前髪で目は書かれており、普段よく見る根暗な楓の姿だった。

「……楓? ……日菜?」

目の前に日菜がいると言う状況だけでも困惑していた頭の中をさらにかき回され、俺の思考回路はショートしていた。

そこにいるのが日菜なのか、楓なのか、はたまた別人なのか。

「どっちもだよ」
「どっちも? ダメだ、わけがわからん」
「日菜も私で楓も私。だからどっちも」
「待てよ、整理させてくれ。要するに楓は日菜として声優活動をしてるってことか?」
「そーゆーこと。理解するのが遅い」

いや待ってくれ。なんでも信じるとは言ったがこれは流石に信じられない。

幾ら何でも同級生の楓が実は大人気声優の日菜でした、なんて言われても信じられるわけないだろう。

「本当に日菜なのか?」
「うわっ。さっきはなんでも信じるって言ったくせに信用してくれないんだね」

楓はわざとらしく悲しむふりをする。

「流石にこれをすぐ信じろって方が酷だろ」

まあそうだねと笑みを浮かべる楓の姿はいつも通りの楓と同じだった。

「分かった。一回後ろ向いて日菜の姿でこっちに振り返ってくれ」

仕方ないなぁと後ろを向き、髪を結び直し日菜に変身する準備をしている。

1分程で準備が完了し、楓がこちらを向いた。

「これでどう?」

前髪を分け、後ろで髪を結んだ楓の姿は、間違いなく俺が大好きで憧れた日菜そのものだった。

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