Bluetoothで繋がったのは学校1の美少女でした。

穂村大樹

第17話 ライブ当日3

俺が口を滑らせてからは電車の中で会話をすることはなかった。
何とか楠木と目が合わないように視線は窓の外へと送り続けられている。

あ、鳥が飛んでる。可愛いなぁ。あっちには散歩中の犬がいるぞ……。

って現実逃避をしている場合ではない。

今から楠木とゆいにゃんのライブに行くというのに2人の間に会話がゼロでは話にならない。

ライブも楽しんで、楠木とのデートも楽しむ。それが今日の目標だ。

結局口を滑らせてから会話はゼロのまま目的の駅に到着。
改札を出てライブ会場に向かおうと歩き出したその時、俺はとあるものを目にして思わず楠木に声をかける。

「楠木、あれ見てみろ」
「え、どこですか?」
「あれだよあれ‼︎ あの黒い服の人」
「ーーあ‼︎ あれは‼︎」

そう言って俺が指をさした方向には今日のゆいにゃんのライブツアーのTシャツを着用した同志がいた。

今日開催される俺たちの地元でのライブよりも先に、福岡や広島、大阪でもライブを行なっている。

その服を見て思わず俺たち2人はテンションが上がった。

ゆいにゃんのライブTシャツは背中に今回のツアーのライブ会場と日付が記されており、正面にはデフォルメされたゆいにゃんと大きな花が描かれている。

「あれは私も絶対買います。買うならやっぱり白色ですかね」
「俺は買うなら紺色かな。装備はしていかないと失礼だからな。持ってきたか? ブレード」
「しっかり準備してきました‼︎ 抜かりはありませんっ」

踏ん反り返る楠木を見て少し緊張がほぐれた。

駅から徒歩10分程度で目的のライブ会場に到着。

ライブの開演時間は17時だが、物販に並ぶために9時過ぎに到着した。

流石にこれだけ早くこれば大丈夫だろうと思ったが、物販にはすでに長蛇の列。千人を優に超えるであろうゆいにゃんファン達が。

「すごい人だな」
「圧倒されますね。流石ゆいにゃん。これだけの人がゆいにゃんに魅了されているというとですね」

俺たちもその列の後ろに並ぶ。物販は10時からだがこの調子だと1時間から2時間は並ぶだろうか。

電車の中も中々厳しかったが、列に並ぶだけというのはさらに厳しいものがある。

某テーマパークにカップルで行くと別れるというジンクスは、アトラクションに乗るまでの待ち時間の過ごし方が悪いからという話も聞く。

俺がこの待ち時間で、如何に楠木を楽しませるかによって楠木の俺に対する評価が変わるということだ。

そう考えると余計に列に並ぶこの時間に対する緊張が増してきた。

一度落ち着いて楠木の様子を伺う。

すると楠木は右手に持った携帯でゆいにゃんの公式サイトをチェックしながら口元に左手を持って行き、悩める人というような格好をしている。

「Tシャツが三千円、タオルが二千円、合わせて五千円。出来れば五千円以内に収めたいけど缶バッチとかパンフも欲しいし……」

……だめだこりゃ。ラブコメ要素なんて期待した俺が馬鹿だった。
楠木は今日、ゆいにゃんのライブを楽しみに来ているのであって俺と2人で出かけることを楽しみに来ているのではない。

それに楠木はいつもは陽キャのグループの中で生活しているわけだし、俺みたいな地味で根暗なやつのことなんか気にも留めないだろう。

それなら俺が今日出来ることはひとつ。我を忘れて俺もゆいにゃんのライブを楽しむということだ。

今日がゆいにゃんのライブで来週が日菜のライブ。

楽しいことだらけじゃないか。何も悲しくなんてない。

いや、でもちょっと悲しい。

「あ、でも2人ともゆいにゃんのライブTシャツ買ったらお揃いになっちゃいますね」

楠木はニコッと笑いながらとんでもない発言をした。

「……俺Tシャツ買わない方が良いか?」
「え、何でですか? むしろ買ってくれた方が嬉しいです」

顔を赤面させた俺は思わず両手で顔を覆い隠す。先ほどの電車内での俺の失言に対抗してきたのだろうか。

しかし、しばらくしてから楠木も自分の発言の意味に気付いたらしく、楠木も両手で顔を隠す。対抗してたわけでも何でもなくただの失言だった。この子、やっぱ天然だな。

男女2人が物販の列に並びながら両手で顔を覆い隠すというなんとも言えない状況になった。

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