好きな人が出来たと俺に別れを告げた元カノの想い人は俺じゃないけど俺だった

穂村大樹

第47話 先輩の寝顔

史織からおぼんに乗せられたコーヒーを受け取った私は先輩の部屋に向かっていた。
先輩の部屋は二階に登ってから廊下を歩いて奥の方にあり、私はそこまでの道のりを心臓をバクバクさせながら歩いていた。

部屋の前にたどり着いた私は一度大きく深呼吸をしてからノックをした。

しかし、先輩からの返答がない。

ノックの力が弱く音が小さかったのかと思い、もう一度大きめにノックをしてみるがやはり返答はなかった。

もしかして知らない間にどこかに出かけてしまったのだろうか?

いや、でも玄関の扉を開けるような大きな音はしなかった。
史織が帰ってきたときに音で気が付いた状況を考えると先輩が家を出て行くときに音で気付かないという事は考えづらい。

もしかして寝ているのだろうか?

そう思った私は先輩を起こさないように、静かにそーっと先輩の部屋の扉を開けた。
扉を開けると、先輩はやはり眠っておりベッドの上に寝転がって気持ちよさそうに寝息を立てている。

先輩の寝顔きゃわ……。

なんだろう、私前より先輩の事好きになってないか? 好きな人というよりもはやファン的な感じになってしまっているかもしれない。

私は寝ている先輩を起こさないように忍足で先輩の部屋の机まで歩いて行き、机の上にコーヒーを置いた。
そして、私はゆっくりと振り返りもう一度先輩の寝顔を見つめる。

……。

ちょっと近づくくらいなら大丈夫だよね。

そう思った私は忍足で先輩へと近づいて行き、先輩の顔の前付近で屈んで先輩の顔を見つめた。
先輩のせいで痛い目を見たのも確かだし、色々面倒ごとを起こしてくれたのも間違いない事実である。

しかし、やっぱり私は先輩が好きだ。

それにしても、こうしてスヤスヤと眠りに付いている先輩を見ていると何かいたずらをしたくなるな……。
衝動を抑えきれなかった私は先輩の頬を優しく突っついた。

……柔らかい。ずっと触っていられるなこれ。

先輩は微動だにせず相変わらず寝息を立てている。

もう一回触ろうかなと考えてから、流石にまずいと自制を効かせ自分の右手を左手で掴んだ。
今はこうして我慢をしなければならない状況だが、私が先輩と付き合ってたらここでキスとか出来ちゃうんだろうな……。

そう思っていた私の顔は、無意識に先輩へと近づいていく。
これまで近づいた事の無い距離に先輩の顔がある。

あ、これもう止まらないやつだ……。

私は何かに取り憑かれたかのように先輩の唇に自分の唇を近づけていく。



先輩と私の唇が触れ合いそうになったそのとき、先輩が急に動き出して私に抱きついてきた。

「え、ちょっと⁉︎」

私は先輩に抱きつかれたまま、先輩と一緒にベッドに寝転がる形となった。

「ちょ、先輩⁉︎ 私が先輩の寝顔を見てたのは決してこういう事をしたかったからではなくて……」

焦って早口で先輩に弁解をしていたとき、私の耳には先輩の寝息の音が入ってきた。

え、まさか先輩寝てる?

寝てるとしたら私的にはまだ逃げ出すチャンスがある訳だが、ここまでガッチリ抱きついていられると流石に逃げようが無い。

これが本当に寝ているのだとしたら寝相悪すぎでしょ。こんな寝相じゃ私と結婚して一緒に寝始めたら大変な事に……。
ってだから私‼︎ こんな時まで何悠長な事を考えてんのよ‼︎ 馬鹿だな私は、先輩馬鹿だ。
しかも結婚って話が飛躍しすぎでしょ。まだ付き合ってるわけでもないのに……。

ってそんな事を考えている場合ではなくて、なんとかしてこの状況から抜け出さなければ。
とはいえ、力づくで抜け出そうとすれば先輩が起きてしまうかもしれないし、抜け出す術はない。

先輩が目を覚さないように優しくゆっくり、少しずつ抜け出していくしかないのだろうか。
そう思っていた矢先、閉じていた先輩の部屋の扉が開き、史織が入ってきた。

「----⁉︎」

「……ごゆっくり」

「--------⁉︎」

私は声を上げないように気をつけながらも、史織にこの状況を見られてしまった驚きでベッドを飛び起きて史織を追いかけようとした。
しかし、史織は足早に部屋を出ていき先輩の部屋の扉を閉めた。

史織はしたり顔で私の方を見つめていたが、これはもしかして史織の作戦なのか⁉︎
いや、流石の史織でも先輩の寝相まで操作することは出来ないだろうしこの状況が史織によって作り出されたものだとは考えづらい。

それよりも、史織に先輩に抱きつかれているところを見られてしまった勢いで起き上がってしまったが、これはもしかして先輩起きてしまったのではないだろうか⁉︎
そう思いながら恐る恐るベッドの方を振り向くと、先輩は相変わらずスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。

先輩から抜け出せたのはよかったが、史織にはとんでもないところを見られてしまい、私は必死で先輩に抱きつかれてベッドに寝転がっていた言い訳を考えていた。

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