好きな人が出来たと俺に別れを告げた元カノの想い人は俺じゃないけど俺だった

穂村大樹

第40話 救いの手

今日も私は教室の一番後ろにある自分の席に座りながら放心状態で空を眺めていた。

誰とも会話をせず、何も考えずに空を眺めるのがここ最近の日課となってきたが、たまに隣の席の方に首を向けそちらを見つめている。

……前は榊くんが隣に座ってたのになぁ。

私は榊くんに振られてから、魂が抜けてしまったような気分で毎日を過ごしていた。

勉強は手に付かないし、テレビを見ていても本を読んでいても内容は頭の中に入ってこない。
なんとか気を紛らわそうと色々な事にチャレンジしてみたが、結局いつも私の頭の中はいつも榊くんでいっぱいだった。

私が榊くんに振られて決めた目標、それは榊くんと関わりをゼロにする事。
榊くんと会話をする事はもちろん、挨拶をするどころか目を合わせる事もせず、赤の他人の様に振る舞うことが榊くんへの、そして真野さんへの私なりの償いだった。

しかし、自分で想像していたよりも榊くんとの関係を断つ事は難しかった。
自分が榊くんの事を嫌いになって関係を断つのは簡単だろうが、私はまだ榊くんの事が好きだ。

そんな状態で榊くんの事を早く忘れようと意識していると、余計に榊くんの事が頭から離れなくなり負のループに陥ってしまう。

関わっても地獄、関わらずとも地獄で私には逃げ道が無い。
しかし、これが私に訪れた罰なのだと考えると辛いからといって榊くんと関わろうとは思えなかった。

そんな事を考えながら相変わらず空を眺めていると、クラスメイトが私を呼ぶ声が聞こえた。

「仁泉さーん。真野ちゃん? って子が呼んでるけど」

「あ、あの……。すいません」

教室の外から恥ずかしそうに声をかけてきたのは真野さんだった。
真野さんは学年が違うので関わる機会は少ないが、私は真野さんと関わる機会も無くそうと考えていた。

私が近くにいても鬱陶しいだけなはずなのに、なぜ真野さんの方からわざわざ私の教室に来て声をかけてきたのだろうか。

「どうしたの?」

「ちょっとまた、中庭に来てもらえません?」

中庭か……。

出来ればもうあそこには行きたくない。真野さんから厳しい言葉を投げかけられたのも、榊くんから別れを告げられたのも中庭だったので、中庭という単語すらトラウマ気味になっていた。

しかし、真野さんからの中庭に来てほしいという依頼を断る事は出来ない。

「……分かった」

そして私たちは二人で中庭へとやってきた。ここに来るとあの日の事を思い出してしまう。

榊くんに振られてしまった瞬間の事を。

「わざわざ中庭に私を呼び出すなんて、何かあった?」

「仁泉先輩、私と一緒にティモでバイトしませんか?」

……私がティモでバイトを?

真野さんからするとその発言にはデメリットしかないはず。
真野さんの発言の真意を理解するのは難しいが、私がティモでバイトをする事になれば榊くんと関わる事は多くなるだろう。どれだけ考えても真野さんにメリットは無い。

逆に言えば、私にとってこの誘いはメリットしかなかった。もう二度と関わる事がないと思っていた榊くんと長い時間を一緒に過ごす事が出来る。

それならこのお誘いは……。

「……ごめん。それはやめとくね」

「--え?」

私の回答を聞いた真野さんは目を見開く。

この誘い、私には断る理由が無い。それ故に真野さんは私がこの誘いを受けるだろうと考えていたはずだ。
メリットしかない誘いを断るのも勿体ないのかもしれないが、この誘いを受け入れてしまえば私は更なる罪悪感に苛まれる事になる。

それに、私の予想ではあるが恐らく真野さんは梨沙達に何かを言われたのだろう。
流石に脅して強制的に、という訳ではないのだろうが、真野さんが百パーセント納得しての真野さんの意思での行動でないのなら、私はこの誘いを受け入れるべきではない。

真野さんからの誘いを断りはしたが、一瞬でもその誘いにOKと回答したいと思った自分がいた事に私は酷く自己嫌悪した。

「私はティモでバイトはしない。だから安心して」

「え、なんでですか? だってまだ先輩のこと好きなんですよね?」

「だからだよ。私が今ここでその誘いに乗ってしまったら私は何も償えない。それに、もっと榊くんの事を好きになっちゃうから」

私はもう榊くんと関わってはいけない。その意識だけが気の抜けた私を突き動かす唯一の原動力だった。

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