好きな人が出来たと俺に別れを告げた元カノの想い人は俺じゃないけど俺だった

穂村大樹

第34話 新たな人生

結衣を振った翌日の昼休み、俺は中庭ではなく屋上にいた。
俺が屋上に行きたいと思った訳ではなく、逃げてきたという表現が正しいだろう。

俺が屋上へと逃げてきた理由、それは大勢の同級生が俺に群がるからだ。

今朝鏡で自分を見た俺は、もう坂井の姿を隠す必要はないのではないか、あの姿で登校してもいいのではないかと考え思い切って坂井の姿で学校に登校してきたのだ。

学校に到着して俺が教室に入ると、いつも顔を合わせているはずのクラスメイト達が俺の顔を見て困惑した様子を見せていた。
そんな中、最初に俺に話しかけてきたのは結衣の友達の梨沙と茜だった。

「え、あなたってティモでバイトしてて結衣の彼氏の坂井だよね?」

「うんうん。ティモの店員さんにしか見えない。転校生?」

「いえ、榊です。在校生です」

「……え? 坂井だよね?」

「榊です」

「……坂」

「榊です」

俺達のこの掛け合いを見ていたクラスメイトは徐々に俺が榊である事を理解し始め、俺の周りに輪を作った。

「え、本当に榊くん⁉︎」

「いやイメチェンにも程があるだろ」

「整形か? 整形か?」

これまでロクに会話をした事もない生徒が俺に話しかけてくる見事な掌返しっぷりに俺は外見の大事さを思い知った。でも整形ではないだろ。高校生だし、男子だし。
まぁ大勢の生徒からチヤホヤされる経験などこれまで一度もなかったので、俺自身悪い気分ではなくて「カッコいい」とか「こっちの方がいい」と言われるのは満更でもなかった。

しかし、この噂はクラスメイトのみならず学年中へと伝播していき俺の周りには別のクラスの生徒も集まり始めた。
いつまで経っても俺の周りに人が群がる上に、昼休み一緒にご飯を食べないかと誘われたのだが、それは先約があるからと言って断った。

しかし、押しの強い生徒は、「えーいいじゃんかー」と言い続けやたら俺と昼飯を食べたがっていた。

その他にも、「ダメだよ、榊くん、可愛い彼女がいるんだから」などと勘違いも甚だしい一言も聞こえてきた。恐らく水菜の事なのだろうが、訂正してもしてもキリがないので面倒くさくなって屋上へ逃げてきたという訳だ。

水菜には俺が屋上にいる事をラインで連絡済みで、屋上に来てもらうようにしている。

ある程度予想はしていたが、予想以上の反応だった。
まあ確かに整形したんじゃないかって思われるくらい見た目は変わってるけどさ。変わってるっていうか髪の毛で隠れて見えてなかっただけなんだけどね。

大勢との会話に慣れていない俺はいつも以上に疲労が溜まっていた。昼休みが終わったらもうみんなが俺に興味がなくなるって事もないだろうし、先が思いやられる……。深呼吸でもして心を落ち着かせよう。

「あれ、先輩なんか疲れた顔してますね」

俺が深呼吸していると、後ろから水菜が急に話しかけてきて息が止まりそうになる。

「びっくりしたぁ。今ので余計疲れたわ」

「いや、そこは私みたいな可愛い後輩に会えて元気が出たって言うところですよ」

なんでだろうな。水菜以外の女の子が今のセリフを言ったらイラっとしそうなもんだが、水菜が言うと可愛く見えてしまう。

本当タチの悪い後輩だよ。

「あーはいはい。いやもう本当疲れたわ。朝からみんなに囲まれてさ。芸能人にでもなった気分」

「まぁあれですね、どっちかっていうとスキャンダル起こした的な感じですけど」

「おい待て俺は誠実だぞ」

まぁどちらにせよ、イケメン俳優に群がる女性のような感覚ではなく、どちらかと言えばスキャンダルで記者に囲まれる芸能人に近いかもしれない。いや、火事や交通事故に群がる野次馬だろうか。あれ、じゃあ俺の顔って大惨事?

「まぁまた女の子に囲まれて羽を伸ばしすぎないでくださいね」

「馬鹿、俺にそんな度胸あると思ってんのか?」

「はいはい。とりあえずお弁当食べましょ」

「そうだな。腹減ったわ」

そう言って水菜は屋上の壁にもたれかかって座り、弁当を広げた。
俺は水菜の弁当に入っていた唐揚げを慣れた手つきで箸で掴むと、いつも通りを口に運んだ。

「いやーやっぱ弁当うまいわ」

「当たり前じゃないですか。私が料理下手だと思います?」

「まぁ正直美味いって知った時は驚いた」

ムーっと頬を膨らませる水菜だったが、しばらくしてから急に甲斐甲斐しく目を逸らし始めた。

「あ、あの、先輩……。今度の休み、私の家来ませんか?」

「おけ。どうせ暇だし行くわ……。え? 水菜の家に?」

俺は箸で掴んでいた唐揚げを足の上に落とした。

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