好きな人が出来たと俺に別れを告げた元カノの想い人は俺じゃないけど俺だった

穂村大樹

第18話 氷点下

ズズズーッ。

俺と真野の間に会話は無く、真野が太めのストローでタピオカミルクティーを啜る音だけが響き渡っていた。

「で、何かいう事は?」

俺の目の前に座る真野はタピオカミルクティーを片手に足を組み、ふんぞり帰りながら俺の目の前に座っている。そんな真野の顔を直視する事が出来ず下を向いている俺はまさに蛇に睨まれた蛙のようだったゲコォ。

「……ごめんなさい」

「別に謝って欲しい訳じゃないんですけど」

じゃあどうしろってんだよ、という心の声が漏れそうになったが、その言葉を漏らすと真野が更に怒ることは容易に想像出来たのでそれを言葉にすることはやめた。

皆さんお分かりの通り、俺は仁泉を振れなかった。別れを切り出そうとした瞬間の俺のチキンっぷりと来たらもう目も当てられない程酷いものだった。


『仁泉、俺と……』

『……どうかした?』

『これからも仲良くしてください』


今思い出しても自分に腹が立つ。別れを告げようと話し始めたくせに、仁泉のキョトンとした可愛らしい顔を見ていたら仁泉に別れを告げる事が出来なかった。
仁泉を振る事も出来ず、クッキーはしっかり受け取るという最悪の結果となってしまったのだ。あークッキー美味しかったなぁ。

その事を真野にラインで報告すると、『明日、駅前集合。十時』とだけラインが送られてきた。

俺に人権は無いのですか真野さん。仁泉とのデートで疲れてるんだから集合時間をもう少し遅めの時間に設定していただく事は出来なかったんですかね……。

うん、でも人権なんて無いな。仁泉を振れなかったのだから何を言われようとも、どんな仕打ちを受けようとも甘んじて受け入れるしかない。

そして十時に駅前に集合した俺たちは駅前のカフェに入り、最近流行りに乗って発売し始めたタピオカミルクティーを真野に奢らされているという訳だ。

「謝られてもウザいだけだろうけど謝る以外に出来る事が無い」

「あー、なんかタピオカだけだとお腹空くなぁ。お昼ご飯が食べたいなぁ」

「はい真野様、サンドイッチでもパスタでもなんでも注文してください」

仁泉を振れなかった俺が出来る事は誠意を持って謝罪する事だ。
しかし、謝罪をして欲しい訳ではないと言われてしまえば俺に出来る事は少ない。出来る事と言えば汗水垂らしながら働いて稼いだお金を真野に貢ぐ事くらいか。約束していたタピオカを奢り、お腹が空いたと言われれば飯を奢る。あれ、これって誠意なのかなただの罰金じゃね?

「まぁ最初から先輩が仁泉先輩を振れるとは思ってなかったので。俺は仁泉を振る‼︎ っていう気持ちを持ってもらえただけでも今回はよしとします」

「うわ、やばいなんか急に真野がめっちゃ可愛く見えて来た抱きついていい?」

「シンプルにキモいですあと普段は私のこと可愛く見えてないみたいな口調なんですけど喧嘩売ってるんですか?」

「冗談だからマジレスやめて泣くよ?」

この後も昼飯からデザートまで色々と奢らされたが、今まで尽くしてくれた真野の事を裏切ってしまったのだからこれくらいは痛くも痒くもない。
あれ、なんかめっちゃ寒いんだけどガクブルなんだけど財布が。

色々と奢らされて財布が南極になってしまったのは仕方がない。財布が氷点下を下回る気温でも真野との時間は俺にとって心暖まる癒しの時間となっていた。



◇◆



坂井くんとのデートの話を聞かせて欲しいと言われた私は梨沙と茜の三人で駅前のカフェに来ていた。

このカフェは榊くんとよく利用したカフェで、ここに来ると榊くんの事を思い出してしまうのであまり好きでは無い。私は意図的に榊くんといつも座っていた席から離れた席に座った。

「で、どうだったの坂井くんとのデートは」

「それそれ、私も気になる‼︎」

落ちついた雰囲気で質問をしてきた梨沙とは違い、茜は子犬のように尻尾を振りながら前のめりになっている。
茜は身長も低く童顔なので高校生には見えない。休み時間によく茜の頭を撫でたりしている。

「普通に楽しかったかな。お弁当作ったりクッキー作ったりしたのが重すぎたかなーってちょっと心配だけど」

「え‼︎ 私もゆいゆいのクッキー食べたい‼︎」

「いや、そこじゃないでしょあんた」

親友がいて優しい彼氏もいる。これまで経験した事が無いほど幸せな状況だ。

「また作って来てくるね」

「やったった‼︎」

「はぁ。結衣も中々彼氏出来なかったけど、茜には彼氏なんて遠い話かもね」

「そんなことないもん‼︎」

「いや、そんなことあるだろ……ん?」

梨沙は話の途中に何かに気が付いたようで、私の後方をじーっと見つめ始めた。

「どうかした?」

「いや、あれって榊じゃない?」

「--え?」

そう言われて振り返ると、私の後方の席に榊くんと真野ちゃんが座っていた。店の端と端の席なので榊くんがいる事には気が付いていなかった。

「あの二人、休みの日まで二人で会ってるのか」

「そ、そうみたいだね……」

「……ま、まぁ普通に仲のいい友達とかでしょ」

「えー、私にはラブラブのカップルにしか見えないけど?」

「コラ、馬鹿茜」

茜の言う通り、わたしの目から見てもあの二人は仲のいい、ラブラブでお似合いなカップルにしか見えなかった。しかもあの席、私と来てた時に座ってた席だし……。

私が榊くんを振って、榊くんは今真野ちゃんと幸せに過ごしているのだからそれでいいじゃないか。これは落ち込む事ではくむしろ喜ばしい事だ。

それなのに、この胸のモヤモヤはなんなのだろう。

私は坂井くんが好きで榊くんを振った。こんな気持ちは捨て去らなければならないのに、いつまで経っても私の心の片隅には榊くんがいるような気がした。

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