ペンタゴンにストロベリー

桜間八尋

第1話

      1

 衛星軌道上にあるブリーフィングルームから、眼下に広がる荒涼とした赤い大地を見下ろす。これから降下することになる、テラフォーミングされた火星の地だ。そこには戦災によって打ち捨てられた工業都市があり、目下のところ我々が目指す作戦地域となっていた。

 降下するのは二人一組が三十チームの計六十名。最後の一チームになるまで、限定された戦場で彼らは鎬を削ることになる。これは『アースバウンド』における『バトルロイヤル』の唯一無二のルールだった。

 ゲーム中の位置付けとしては『バトルロイヤル』はメインシナリオとは無関係の戦闘シミュレーションということになっている。しかし、本作の中でも一際競技性の高いゲームモードであることから最も人気を博しており、『アースバウンド』はこれ即ち『バトルロイヤル』をメインに遊ぶものとユーザーからは捉われがちである。

 現在ブリーフィング中のゲーム画面を見つめる少年・秋山優雨もかく言うその一人だ。彼にとって歴戦のパートナーである「オジョ」と共に、再三降り立った戦場へ今日も今日とて向かうのである。

 『アースバウンド』は有人兵器である巨大な人型マシンを駆るゲームだ。『バトルロイヤル』では本作に登場する一部の機体と、特殊な能力を有するAIを作戦前に選択するところから始まる。

 機体の種別としては耐久性に富んだ「重量級」と、特殊な装置を積み込む余地のある「軽量級」が存在する。オペレーターを補助するAIの能力に至っては広範囲の索敵や磁気嵐から逃れた安全地帯の予測、支援物資投下の要請に加えて空爆の指示など、味方との連携次第で多岐に渡る戦術効果が見込めるため、その選択も非常に重要だった。

 優雨が選んだのは耐久力に優れた重厚な機体の『ヴァンパイア』と、索敵能力に優れたAIの『エイプリル』である。『ヴァンパイア』は敵機に与えたダメージに比例して装甲耐久力の上限を引き上げることができ、「先手必勝」を信条とする優雨に万全の力を与えてくれた。

 そして、彼のパートナーであるオジョがもっぱら愛用しているのが軽量級の『マジシャン』だ。自重を懸架できるほどの強度を持ったワイヤーの射出機構を背部に有しており、その先端には開閉式の鉤爪を備えた錘が付いている。さながらアンカーのように伸ばした鉤爪を構造物などに打ち込むことで、ワイヤーを巻き取る力を利用して『マジシャン』は戦場を三次元的な動きで縦横無尽に駆け回ることができた。

 加えてオジョが選んだAIの『ミラー』は、衛星軌道上に待機している輸送船から支援物資の投下を要請できるのだが、その恩恵は彼の好戦的な性格によって時に囮として利用されることもしばしばだった。物資の中身はこちらで選ぶことができない上、何より空から降ってくるコンテナは余りにも目立ちすぎる。が、そこを逆手にとって横取りに現れたチームをオジョが遠方からの狙撃で仕留めるという寸法だ。

 ゲームが始まると、オジョが直感的に選んだ降下ポイントを二人で目指した。はるか高高度の母艦から発進した二機は、降下用のポッドに包まれた状態で火星の赤い大地へと吸い込まれるように落下していく。着地寸前に制動を掛けた降下ポッドは、空中で分解を始めると同時に中身のマシンを地上へと吐き出した。

 荒廃した都市へ降り立った二人は、まずは付近一帯に散らばる物資をかき集めた。降下時点で丸腰の機体を大急ぎで武装させ、必要な弾薬を充填する。更にはコクピットを含む胴体部分を除いたマシンの構成パーツ、つまりは両腕や下半身なども収集物には含まれる。備え付けのバックパックには持ち運べる物資の量に限りがあるため、その拡張パーツの発見も勝負を有利にし得る要素だった。

 優秀な腕パーツは発砲時に生じる反動を軽減し、身を守る盾としての機能も充実する。頑強な脚パーツは高所から落下したときの衝撃を和らげ、走行や跳躍などに移るときの事前動作をより素早く済ませることができるので、マシンの機動力に大きく影響した。そして、機体の耐久力に直結する増加装甲の取得量は胴体パーツによって異なる。

 収拾したそれらを活かす為に必要なのが「ハンガー」の存在だ。回収したパーツへの換装は、戦場の各地に点在するマシンの整備施設・ハンガーでのみ行うことができる。更には高ランク武器の組み立てなども、敵機を撃破したときに得られる「功績ポイント」に応じてそこでは可能だった。

 物資の収集、そしてハンガーの確保。それが『バトルロイヤル』で勝利するという大目標に向けた、いわばゲーム序盤から中盤にかけての小目標となる。ただし、ハンガーが稼働する様子は遠方からでも探知出来るので、闇雲にただ向かえばいいというものでもない。ハンガーを利用中のチームを襲撃することで、武器やパーツを強奪することもこのゲームにおける醍醐味の一つなのだ。

 周囲を警戒しながら、優雨とオジョのタッグは慎重にその歩を進める。「エイプリル」で他チームの痕跡を探しながら、有事の際は確実に先手を取れる態勢を整えた。戦場の外には強烈な磁気嵐が吹き荒れている。それに巻き込まれるとマシンはたちまちのうちにシステムダウンを引き起こしてしまう。嵐は時間経過とともに勢いを増すため、戦場は徐々に狭まっていくこととなる。その縮小に合わせた立ち回りも考慮すべきであり、道中は悠長に安全を確保している暇もない。更には功績ポイントの存在もあるので、積極的に交戦したがるプレイヤーも少なくなかった。

 ハンガーに辿り着くたまでに、過半数のチームが脱落しているということもざらである。消耗は免れない。しかし、道中で機体を失ったオペレーターの保護は可能だ。無傷のマシンさえ発見できれば、助け出した味方を戦線に復帰させることもできる。そのため、形勢が不利ならば逃走という選択肢も十分に視野へと入る。僚機のオペレーターさえ保護できれば、戦力を再度整えて逆転の目を探ることも不可能ではないのだ。

 敵を発見したら、先制攻撃で即座に撃滅。それが『バトルロイヤル』の鉄則だ。隠密行動を続けて他チームの共倒れを狙うのもいいが、終盤戦で装備を充実させた相手と対峙することになるのは必至である。消極的な姿勢でゲームを進めては、確実に分の悪い戦いを強いられることになる―――そもそもオジョが好戦的な性格なので、そういった展開になることはまずないのだが。

 ハンガーへと辿り着く前に一チームを片付けた優雨とオジョは、道中で取得したガンパーツを功績ポイントによって好みの武器へと変換した。その間、襲撃者がやって来ないか工場施設の外を一人が警戒し、もう一人が武器のカスタマイズや機体の手足を交換したりするのだ。

 彼らが所属する、志を同じくするプレイヤー同士が集ったゲーム内コミュニティの一つである「タイタンズ」では、対人戦を得手とする者はごく少数であった。そもそも『アースバウンド』のリリース当初には『バトルロイヤル』が実装されておらず、それ以前から結成されていたタイタンズも他のコミュニティと同様に期間限定イベントの攻略など、NPCを相手にするゲームモードの相互扶助を速やかにするよう機能していた。

 他コミュニティとの模擬戦が行える基地施設の防衛戦や、輸送車の護衛任務などの対人戦要素もあるにはあるのだが、タイタンズ内ではそれらのゲームモードはそこまで盛んではなかった。『バトルロイヤル』の実装以来、ログイン時間の大半をそれに費やしている優雨とオジョはコミュニティ内でも珍しい存在だったに違いない。それ故に、二人がタッグを組んだのは必然ともいえる流れだった。

 ハンガーを後にした二人が次の安全地帯を目指そうとしたところで、他プレイヤーからの襲撃に遭った。装備は整っていたものの、そこで敵に先制を許した優雨が二対一の不利な状況に追い込まれてしまう。優雨は手近な遮蔽物に飛び込むと、破損個所の修復を試みた。しかし、正面の相手とは別の敵機の射線に晒されていたらしく、執拗な銃撃に機体の回復が遮られた。

 万事休すかと思われたところで、おっとり刀で駆けつけたオジョが機関銃の連射を敵機に浴びせかけた。優雨を襲っていたマシンが左腕を変形させ、円形のシールドを展開して半身を覆う。その表面で無数の銃弾が火花を散らした。そして、防戦一方になった相手は、反撃の暇も与えられないままオジョの『マジシャン』に接近を許してしまった。

 彼の『マジシャン』が左手に持った戦鎚を振り下ろす。柄の先端に指向性の爆薬を満載した使い捨てのハンマーだ。必殺の一撃が敵のラウンドシールドを貫き、即座に相手をダウンさせる。その一連の洗練された動きは、優雨の目にも実に鮮やかな手並みだった。

 そうしてオジョが敵チームの気を引いている間に破損個所の修理を済ませた優雨が『ホットキス』散弾砲による応射を再開した。『ヴァンパイア』の耐久力に任せた撃ち合いに彼は難なく競り勝った。

 見事に敵の撃退に成功し、こちらの損害は軽微。上々の結果だった。だからといって油断するにはまだ早い。磁気嵐によって戦場は今も徐々に狭まりつつあり、ここからは敵の行動を予測し、その裏をかく動きが重要となる。

「ここ行ってみようよ」

 オジョが迷いなく地図の一点を指し示す。住居や病院など、比較的高層の建造物が立ち並んでいる区画だ。見晴らしの良さを利用して、索敵や狙撃に役立てようというのだろう。彼の『マジシャン』がバックパックにマウントしていた『スノーホワイト』狙撃ライフルを手に取った。

「いいですね」

 優雨もボイスチャットで応答する。彼の背中を押すのは、いつだってオジョの役目だった。マシンの図体がデカいせいで、狭くなった戦場を隠れながら進むのはこの先難しくなる一方だ。だったら先に見つけて倒してしまおうというのはごく自然な発想といえる。

「行きましょう」

 彼の意見に従い、先頭に立った優雨が進路の安全を確保する。ゲームは終盤戦に差し掛かろうとしていた。

      *

「最後は惜しかったね」
「ええ、あと少しのところでした」

 互いの健闘を称えながら、二人はゲームを満喫した後も通話を続けていた。

「そういえばさ、オフ会って来週でしょ。お稲荷も来るんだよね」
「ええ、まあ」

 八月の上旬に開催される予定のそれは、先程まで二人で遊んでいたゲームのコミュニティで知り合ったプレイヤーたちの間で企画されたものだ。

「こういうの初めてなんで、結構緊張してるんですけど」
「ボクも。緊張はしてないけどね」
「オジョさんて結構肝据わってますよね」
「お稲荷はビビり過ぎだよ。何かあるとすぐ叫ぶし」

 オジョのストレートな物言いに思わず優雨が苦い顔をする。ちなみに「お稲荷」というのは優雨がネット上で使っている、所謂ハンドルネームというやつだ。

 彼とは長い付き合いになるが、一度も顔を合わせたことがない。互いに遠方に住んでいたこともあってか、時折こうして通話しながらゲームで遊ぶのが精々だった。それでも、学校のクラスメイトなどに比べればよっぽど仲がいい。

「どっちが先に名前を言い当てられるか、勝負しようよ」
「いいですね、それ」

 気の置けない間柄であることは確かだが、お互いに身の上話の類をした覚えはほとんどなかった。優雨の場合は単に個人情報を迂闊に漏らすまいとしているというより、彼にとっての後ろ暗い過去がそのようにさせていたのだが。

「なんかヒントちょうだい」
「駄目です」

 お互いの容姿はもちろん、自分がまだ高校生であることもオジョには伏せていた。年齢もわからなければ外見的な情報もゼロに等しいわけで、実際に顔を合わせたときに「勝負」の決め手となる判断材料といえば、聞きなれたお互いの声くらいしかない。

「じゃあボクもヒントあげるからさ」

 自分と同じように触れられたくない過去でもあるのか、オジョ側も自身に関する話はほとんどしてこなかった。それだけに彼の発言は優雨にとってかなり意外だった。オフ会に参加する決心をしたことで、多少の情報は開示する気になったのだろうか。

「実はこの春から上京してました。オフ会に参加しようと思ったのもそれがきっかけ」
「えっ、そうだったんですか」
「そうそう。春は引っ越しとバイトで忙しくて。ちなみにこの前二十歳になったよ」
「それは、おめでとうございます」
「ふふ、ありがと」

 変声期前の少年のような声でオジョがころころと笑う。中学の頃から現在の野太い声を獲得していた自分とは大違いだ。が、それにしても、まさか年上だったとは。高めの声音から自分とそう変わらない年頃だと思っていたのだが。

「教育学部の一年生で、将来の夢はもちろん学校の先生。どう、少しはヒントになった?」
「見た目に関するヒントはないんですか」
「欲しがるねー」

 オジョがからかうように言う。しかし、学生風の青年に見当をつければいいということだけはわかった。

「お稲荷からは何かないの?」
「俺の場合、何言ってもすぐバレそうな気がするんですよね」
「そんなに個性的な見た目なの」

 見た目に関しては実年齢から大きくかけ離れているので、教えたところでかえってミスリードになりかねない。それに個性的というよりかは、ただただデカいのでよく目立つという方が正しい。

「とにかく目立つ人を探せばいいんだね」
「語弊があるかもしれませんが、概ねその通りです」
「なるほどね。じゃあ、何を賭けようか」
「勝負事にはつきもの、ですか」

 あまり気乗りはしないが、折角の機会なので彼の話に合わせることにした。楽しい会合を前に興を削がれるようなことをあえて言う必要もないだろう。

「ガチャ一万円分は? 欲しいスキンあるんだよね」
「・・・・・・もう少し軽めのものでお願いします」

 ただでさえ敗戦濃厚な雰囲気があるというのに、それでは代償が大き過ぎる。

「んー・・・・・・じゃ、ご飯一回奢るっていうのは?」
「それぐらいなら、まあ」
「じゃあ決まり。ボク、居酒屋に行ってみたくてさ」

 既に勝った気でいるのか、オジョが会場近くの飲食店について調べ始めた。彼のマイクから漏れ聞こえるタイプ音を聞きながら、店先で年齢確認されないだろうかと少し心配になった。入れたところでアルコール類を飲む気はさらさらないが。

「楽しみだね」
「ええ、本当に」
「可愛い子いたらどうする?」
「連絡先は聞いておきたいですね」
「だよねー」

 その後もとりとめのない会話に終始してから、就寝のためにオジョとの通話を終える。すっかりゲーム部屋と化してしまった自室で夏休みを満喫していると、未だに山積みとなっている宿題のことを不意に思い出して憂鬱になった。

「まあ、なんとかなるか」

 思わず出た大きな欠伸を噛み殺すと、優雨はベッドに寝転がった。熱帯夜の寝苦しさもなんのその、すんなりと眠りに落ちた彼は夢を見ることもなく深い微睡みの底へと一直線に向かっていく。

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