第十六王子の建国記

克全

第42話ボニオン公爵家騎士団2

全長二メートルを超える巨大な身体なのに、ブラッディポイズンスパイダーの動きは羽のように軽やかだった。
最後尾の騎士は、実際に襲われるまで何の気配も感じていなかったようだ。
ブラッディポイズンスパイダーに背後から鋏角の攻撃を受け、フルアーマープレートを紙のように貫かれ、正確に心臓を破壊された。
だがその一瞬の攻撃は、騎士を樹上に攫うのと同時に行われている。
ブラッディポイズンスパイダーは樹上から襲い戻るまでの一連の動きの間、全く気配を出さなかった。
だから騎士達がブラッディポイズンスパイダーを感じることはなかった。
だが襲われた騎士の気配は別だ。
死の瞬間に放たれる気配は、常に死と隣り合わせの戦場に立つ騎士には馴染みのモノだ。
そしてフルアーマープレートが破壊される時の破壊音は、魔境の中に鳴り響いた。
八人の騎士が異常を感じて振り返るが、その時に彼らの目に捕らえることが出来たのは、ブラッディポイズンスパイダーが襲った騎士を樹上に持ち去る残像だけだった。
「おのれ卑怯も!」
「降りてきやがれ!」
「黙れ! 不用意に声を出すな!」
恐怖を振り払う為なのか、不用意な二人の騎士が、樹上に向かって喚き散らした。
だが騎士長であろう先頭の騎士が、短く小さい叱責をした。
二人の騎士は、慌てて喚くのを止めた。
ようやく未熟者二人も、ここが極めて危険な魔境であることを思い出したようだ。
「中央の者は引き続き厳重に周囲を警戒しつつ、上方の警戒も怠るな」
「「「「「は」」」」」
騎士長の指示は的確だった。
ブラッディポイズンスパイダーの性質をよく理解しているのだろう。
ブラッディポイズンスパイダーは樹上に潜み、下を通る獲物を急襲するのだ。
しかし縄張りが狭く、襲われた場所から離れれば追撃してくる可能性は低い。
ここは急いでこの辺りから移動するに限る。
騎士長は愛馬に拍車を入れ、移動速度を上げた。
緊張した時間が刻々と過ぎていったが、余の感覚でもブラッディポイズンスパイダーの縄張りからは抜けたと思う。
だがそれはあくまでブラッディポイズンスパイダーだけの事だ。
今この魔境で少しでも知恵のある魔獣は、余達の気配がするモノからは逃げる。
柔らかく美味しい人間が沢山いるのに、彼らを襲い喰う事が出来ない。
だが新たに魔境に入り込んだ騎士達は別だ。
フルアーマープレートは硬いが、その中に入っている人間は柔らかく美味しい。
金級以上の魔獣にすれば、鋼鉄の武器を持ち、鋼鉄のフルアーマープレートで身体を護っていようとも、餌以外の何者でもない。
上方に長く警戒心を向けていた後ろから四番目の騎士を、左横から白金級魔獣のブラッディタイガーが襲った!
最前列で厳重に気配を探っていた騎士長の警戒を、なんなくやり過ごしたのだ。
ブラッディタイガーは、一噛みでフルアーマープレーを砕き、騎士を咥えて魔境の奥に消えていった。

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