第十六王子の建国記

克全

第33話持久戦

「風」「風」
「麻痺」「麻痺」
「殿下、魔力に問題はありませんか?」
「大丈夫だ、爺、それよりももう少し近づこう」
「は!」
余、爺、パトリック、ロジャーの四人で、早朝から二匹のリントヴルムを追い回した。
本当なら今日も両腕・上下の顎・血液・鱗と皮を手に入れたかった。
だが今日はリントヴルムにも公爵家の軍勢と戦ってもらわなければならないと考え、五体満足のままにして追い回した。
魔境の外縁に近づいた時、勢子役をパトリックとロジャーに任せ、余と爺は先行した。
罪のない民を巻き込まないように、昨日と同じように魔法で拘束拉致する為だ。
一番に出会ったのは、予想通り奴隷猟師や奴隷冒険者を主力とした、五十人程度のパーティーだった。
卑怯と言うべきか、それとも慎重と言うべきかは、まだハッキリとは断言できないが、正規の公爵軍を投入せず、奴隷猟師や奴隷冒険者で魔獣の大暴走に対処する心算のようだ。
いや、そうとも断言できないかもしれない。
公爵家の連絡網が整備されておらず、未だに魔獣の大暴走の恐れが公爵家に届いていないのかもしれない。
だがそれはそれで、王侯貴族の存在意義を根底から打ち壊す大問題だ!
魔境やダンジョンから民を護るからこそ、王侯貴族として民を支配する大義名分があるのだ。
もしかしたら、連絡が届いているのに、王家王国の侵攻を警戒して軍を温存しているのかもしれない。
だがそもそも王家王国の御政道に介入しようとした公爵に非があるのだ。
魔境を預かるという大役を任せられたのに、それ以外の事に戦力を使うなど許されることではない。
それからも余は九組のパーティーをベイル達が待つ場所に送った。
使った魔力はその度に身体の中で魔力を錬って補充した。
常に魔力が完全にみなぎった状態にしておかないと、危険な魔境で生き残ることは出来ないと言うのが、爺と王家王国筆頭魔導士の教えだ。
リントヴルムを追い立てて半日が過ぎ、昼食を食べたくなる頃になっても、公爵家軍は現れなかった。
それどころか五百人以上の人員を失った冒険者ギルドは、もうパーティーを送り込んでこなかった。
時々斥候役の冒険者が状態を確認する為に現れたが、全員麻痺魔法で拘束し、風魔法でベイル達の所に送った。
パトリックとロジャーは上手く勢子役をこなしてくれているようで、リントヴルム以下の魔獣達は魔境外縁部に留まっていた。
これはとても異常な事で、本来ボス級の魔獣は魔力の濃い魔境の奥深くに住むものなのだ。
ボス級とまではいかなくても、それに次ぐ白銀級や白金級の魔獣も、魔境の奥に住んでいるものだ。
それがパトリックとロジャーに追い立てられ、魔境外縁部に群れを成して留まっているのだから、魔境の守護者たるボニオン公爵家は直ちに対処しなければいけない事なのだ。
それがこの体たらく。
余には許せない!
「爺、白金級のブラッディベアーを魔境外に追い出してはいけないだろうか?」
「公爵家の領民に被害が出るかもしれませんが、その時殿下は心の痛みに堪えられますか?」
「密かに見張って被害が出ないようにする」
「それでは公爵家が危機感を持たないかもしれませんが、それでも宜しいのですか?」
「領民や領民の家には被害を出さないように誘導し、代官所や領主の館に誘導するようにする」
「やれやれ、随分手間な事でございますが、上手く誘導できますか?」
「任せろ。白金級のブラッディベアーを白銀級の魔法で追い立てる。横道にそれないように、防御魔法で周囲を囲み、一直線に領主の館にまで追い立ててやる」
「えらく勿体ない、贅沢な魔法の使い方でございますな」
「公爵に、王侯貴族の高貴なる義務を思い出させるには絶対に必要な事だ!」
「確かに公爵にも、公爵に仕える陪臣士族卒族にも、高貴なる者の義務は思い出してもらわねばなりませんな!」
「奴らが思い出すまで、繰り返し、繰り返し、ブラッディベアーを追い立てる」
「では爺も御供させて頂きます」
余と爺はリントヴルム達が魔境の外に出そうにないのを確認した上で、一匹のブラッディベアーを無理矢理魔境の外に出した。
ずっと抵抗するブラッディベアーを、防御魔法で周囲を囲んで勝手にどこにも行けない状態にして、冒険者ギルドと併設されている代官所に放り込んだ。
この辺の構造は同じ国なので変わらないようだ。
魔境内が緊急事態だから、冒険者ギルドも代官所も警戒を厳重にしていたのだろうが、如何せん五百人以上の猟師と冒険者を失い、その時に監視役の下役人も五十人以上失っているので、冒険者ギルドも代官所の戦闘力を失っていたようだ。
恐らく代官だろう。
上等の衣服を着た役人が、ブラッディベアーの一撃で肉片に変えられてしまった。
士道不覚悟である!
魔境を預かる代官ともあろう者が、白金級程度の魔獣に殺されるなど情けないにも程がある!
いや、それだけではない。
冒険者ギルドの頭や幹部だろう者達が、ブラッディベアーを斃すどころか、ろくに抵抗も出来ずに肉片に変えられてしまった。
下劣な謀略で狩り集めた王国民に危険な狩りをさせるだけで、自分達は己を鍛える事さえしてこなかったのだろう。
本当に情けない奴らだ。
「これでは話にならん、領主の館まで誘導するぞ」
「承りました」
冒険者ギルドの受付嬢には攻撃させないように誘導したから、彼女達から公爵家には連絡が行くだろう。
だが代官所や冒険者ギルドが襲われた程度では公爵家は動かないかもしれない。
ここはブラッディベアーが斃されるまで、公爵家に仕える騎士以上の領主館を襲い続けよう!

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