第十六王子の建国記

克全

第30話相談

「公爵家や冒険者ギルドはどう動く?」
「恐らく初日は動かないと思います。下役人だけでなく、猟師も冒険者の荷役も、誰一人戻らない場合は、私達が裏切ったのか、それとも魔境で何か非常事態が起きているのか、確かめるために精鋭を送り込んで来るはずです」
「なるほど。だがその判断は何時行う。荷役が戻らなかった場合か、それとも帰還予定時間に戻らなかった場合か?」
「恐らく予定時間に荷役が戻らなかった場合に、調査のためのパーティーが送られます」
「そのパーティーが何も発見できずに戻った場合はどうなる」
「分かりません。調査に派遣されたパーティーが、私達が裏切ったと報告するのか、それとも魔境に異変があると報告するのか、私達には想像も出来ません」
「奴隷達に悪意を持っている者が主動を取れば、何の証拠がなくても御前達が裏切ったと報告する可能性もあるのだな」
「はい。もし私達の家族が処刑された後で、私達が裏切ったのではないと分かったとしても、何の痛痒も感じず、いえ、寧ろ私達の苦しむ姿を見てほくそ笑むでしょう」
「そんな事は絶対させられんな。調査パーティーが誰一人戻らなければどうなる」
「一日、いえ、日が落ちるまでに調査パーティー戻らなければ、公爵家に緊急の使者が送られると思われます」
「その時に御前達の家族が処分される可能性はあるか?」
「ないと思われますが、絶対ではありません。それよりもボニオン魔境に何が起きているのかを探るのが優先されると思われます」
「恐らくはそうなるだろうが、絶対とは言い切れないのが問題だな」
「はい」
爺も猟師の代表も、人質として売春宿で働かされている女達の安全を最優先したいのだろう。
だがどうすればいいだろう?
「一つ聞きたいのだが、ボニオン魔境の事で公爵家が最優先にする事は何だ?」
「アーサー殿は、公爵家が人質の事を考えられなくなるような、緊急の事態が何か知りたいのだな」
爺が確認してくる。
「ええ、それが我々の手で引き起こすことが出来る事なら、調査に送られたパーティーを全員拉致した上で、その緊急事態を引き起こせばいい」
「そうだな、アーサー殿の言う通りだな。調査パーティーを拉致することなど、儂らの力なら簡単な事だ。うむ。儂が考えられる魔境の緊急事態と言えば、ボスが斃されて魔獣が魔境から溢れだす事や、魔獣が増えすぎて魔境から溢れだす事だな」
「私達猟師もそれが一番恐ろしい事でございます」
「爺、以前学者の唱える説の中に、ボスが複数いる場合は、巣別れして新たな魔境を作ると言うモノがあったのではないか?」
「確かにそのような説はありましたが、信じている者は殆どおりませんぞ」
「私もそのような説を聞いた事はありますが、信じている者は殆どおりません」
爺も猟師も否定的だな。
「だが爺、もし二匹の金剛石級ボス・リントヴルムが魔境の外縁にまで現れ、魔樹を薙ぎ倒すような大暴れをしたら、公爵家もその説を思いだして警戒するのではないか?」
「それは間違いなく警戒するでしょう。小国に匹敵するような広大な領土を斬り取った公爵ではありますが、その富の多くはボニオン魔境に依存しております。領地からの農業収入は余程領民から搾取しない限り限界があります。いえ、一時的な搾取が過ぎれば領民が疲弊してしまい、翌年から一気に農業収入は減少することでしょう。王家王国との仲が厳しくなっている公爵家としたら、軍備を整えるためにも兵糧を備蓄するためにも、狩れば狩るほど素材や肉が手に入るボニオン魔境の異変は見逃せないでしょう」
「確かに魔境の外縁で二匹の金剛石級ボス・リントヴルムが暴れたりしたら、冒険者ギルドも冒険者ギルドを管理している代官所も、私達奴隷の事など考えられないほどの大混乱に陥ります」
「それは調査パーティーが戻ろうが戻るまいが関係ないかい」
「はい。全く関係ないと思われます」
余の質問に猟師の代表が力強く頷いた。
いや、他の猟師も冒険者も荷役も、全員が力強く頷いている。
余達が彼らの眼の前で二匹の金剛石級ボス・リントヴルムを半殺しにした事で、絶対の信頼を得たのだろう。
いや、それだけではないな。
爺の実績と名声があるからこそ、自分達が不当に扱われないと信じてくれているのだろう。
矢張り人間には過去の行動が付き纏う。
もし爺の過去に後ろ暗い行動が一度でもあったら、これほどの信頼は得られなかっただろう。
余もこれからの行動の一つ一つが未来に繋がる事を忘れずに、正義の行動を心掛けねばならん!
「ところで君の名前をなんて言うんだい?」
「ベイルと申します」
余の言葉に熊獣人が元気よく答えてくれる。
「爺、ベイルに猟師達を任せて、我々はさっきのリントヴルムを追いかけて、冒険者ギルドに近い魔境外縁に誘導してはどうだ」
「左様でございますな。今から直ぐに追えば、追い付けることでしょう」
「では直ぐ行こう」
「御待ち下さい!」
「何だ?」
「あの、恐れ多い事ですが、私達の妻や娘達の事を忘れてしまっておられませんか?」
「それは、外部に仲間に連絡するのを忘れていると言いたいのか?」
「はい。恐れ多い事なのですが、最初に約束して頂いた、家族の救出を優先して頂くよう、外の仲間の方々への連絡を一番にして頂きたいのです」
「そうだな。リントヴルムを追い立てるだけなら二人で十分だ」
「アーサー殿、どうする心算なのですかな?」
「パトリックとロジャーに外部と連絡に行ってもらい、爺と俺はリントヴルムを追おう。いいな?!」
「「「は!」」」
余達は一斉に行動を開始した!

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