第十六王子の建国記

克全

第26話野営食

「料理は任せてくれ」
「大丈夫なのか?」
「黙ってろと言われただろ。もう忘れたのか!」
あれだけ黙っていろと言われたのに、ドリスに話しかけられた途端にそれを忘れて話し始めたロジャーに、パトリックが雷を落としている。
「まあそんなに怒ってあげないでください」
ベネデッタが間に入ってとりなしているが、ロジャーの鼻の下が見事に伸びている。
まあこれほどの美女三人にチヤホヤされたら、鼻の下が伸びて鼻毛の数を数えられても仕方がないだろう。
謹厳実直なパトリックには苦々しい事だろうが、余も嫌な気はしない。
女性に関しても百戦錬磨の爺は、嫌らしさを感じさせる事なく三人の美女と話をしている。
まあ余も姫君達との会話には慣れているので、みっともない態度はしていないと思う。
「野営食の材料は銅級や鉄級の魔獣や魔蟲になるが、それで構わないか?」
「大丈夫でございます」
アデライデも随分下手に出てくれている。
ドリスは今でも口の利き方は乱暴で冒険者そのものだが、その中には隠しくれない尊敬の念が込められており、リントヴルムを叩きのめした効果だろう。
余が魔法袋から取り出した魔蟲や魔獣を、女冒険者達は手早く料理してくれた。
鉄級の蜘蛛型魔蟲は、魔樹の枯れ木と落葉を使って姿焼きにしてくれた。
体長五十センチメートルで毒を持たない鉄級蜘蛛型魔蟲は、鋭い牙を血管に突き刺し、獲物の血液や体液を吸って糧としている。
外殻は魔境に入らない猟師なら武器や防具に使えるが、魔境の中に入る猟師が使うには柔らかすぎる。
それなりに装備を整えた熟練の猟師や冒険者なら恐れることはないが、魔境に入った事の無い駆け出しの猟師や冒険者には危険な存在だ。
特に背後や空中から不意討ちされ、大きな血管を切られて大量出血してしまったら、熟練猟師や冒険者でも致命傷を負う事がある。
そんな鉄級の蜘蛛型魔蟲だが、食べるととても美味しいのだ。
脚の中に入っている身は、量は少なく食べ難いものの、鶏胸肉に近い食感と味わいがある。
頭部から胸部にかけては徐々に味が変化するのだが、頭部は魚の白身のような味で、胸部に近づくほどカニ身のような味になる。
その味は絶品で、海で獲れる蟹の味噌のような味で、体長から比較すれば味噌の含有量が多く、蟹味噌好きなら飛び付きたくなる料理だ。
だが鋏と牙の違いはあるものの、どちらも鋭い武器を持っているので、狩る術を持たない者は御金を出して買うしかない。
銀級や金級に分類されている蜘蛛型魔蟲は、強力な毒を持っていたり、もっと大型で硬い外殻を持っていたりするので、今食べている鉄級よりも遥かに強力で狩るのも難しいので、大金を支払わなければ手に入らない。
だから庶民が記念日やハレの日に御金を奮発して食べるのは、鉄級の蜘蛛型魔蟲なのだ。
今回は野営料理だから下拵えせずに姿焼きにしてもらったが、腹部には卵が入っていたり糞が入っていたりするので、旅籠や料理屋は勿論家庭でも料理する場合は丁寧に卵や糞を取り除いて料理する。
ただ蜘蛛型魔蟲を食べると脚や胴体から身を取り出すのに集中してしまうので、宴会で出すと盛り上がらないと言う難点がある。
現に今も会話が無くなってしまっている。
次にベネデッタが出してくれた料理は、鉄級から銀級に分類される牙鼠で、体長や牙の長さ、毛皮の品質によって買取価格が大きく違ってくる。
牙鼠は十頭前後の家族で群れを作るため、狩る時はパーティー戦となるため、少人数で編成された駆け出し猟師や冒険者には狩り難い相手なのだ。
特に狩った後の買取価格を考えれば、戦いが長引けば長引くほど毛皮が傷つき品質が落ちるし、肉も戦闘で体温が高くなり、濃くなった血液が筋肉に入るので不味くなるのだ。
だから毛皮に大きな傷を付けずに一撃で牙鼠を狩れるのでなければ、銅級の魔物を狩った方が買取価格は高くなるのだ。
これは他の魔獣にも共通することで、無暗に戦って魔獣を傷だらけにして狩る猟師や冒険者は三流で、二流の猟師や冒険者は一撃で倒せる魔物を狩るのだ。
一流の猟師や冒険者は、運べる重さに応じて最良の魔獣を狩るのだ。
肝心の牙鼠の味なのだが、どの獣や魔獣も同じなんだが、腿肉・腕肉・胸肉・内臓肉などの部位によって全然味わいが違う。
大雑把な種族的分け方をすれば、風味は猪型に近く、味は牛型に近いという感じだが、小型の牙鼠は蛙型魔獣や鳥型魔獣に似ているという人がいるくらい、一頭一頭味わいが違うものだ。
今食べている牙鼠の腿肉は、一口噛みしめた時には鼻に香草の風味が感じられ、次に牙鼠独特の香りが感じられた。
「なんて美味いんだ!」
「本当ですね。このような香り高い香草は初めて食べます」
「はい。私も薬の調合を学んだ特に多くの香草を使いましたが、このように香り高い香草を使った事はありません」
爺が女達に与えた香草は、王都魔境や王都ダンジョンで集めておいたもので、余達には味わい慣れたものだが、女達は初めてだったらしく、その美味しさに驚いている。
王都魔境と王都ダンジョンは、王家とその家臣である士族卒族しか狩りに入れないから、そこで狩られる魔獣も魔樹も魔草も王都の外に出る事はめったにない。
生まれて初めて食べたものだから、とても美味しく感じるのだろう。
そんな事を想いながら噛みしめる牙鼠の腿肉は徐々に旨味が出てきて、とても噛み応えのある肉質だ。
余達がここにたどり着くまでに即死させて魔法袋に入れておいた牙鼠だから、全く抵抗する事がなく、体温が上がっていないので全く臭くなっていないのだ。
しかも丁寧に血抜きしてあるので、血液臭さも全くない、高級と言うのはおかしいが、庶民が食べる牙鼠肉とは一線を画す美味しさなのだ。
「今度は私達の食材を食べていただきます」
さてどうする?
彼女達を信じないわけではないが、知らない食材は毒を含んでいる可能性もある。
料理をするのは厳しく監視していたから、毒を入れる事を許すようなヘマはしなかった。
だが知らない食材では見張っていても意味がない。

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