第十六王子の建国記

克全

第9話アゼス魔境砦襲撃

「最初に四人で魔法を使って門周辺の冒険者と見張り台の冒険者を無力化する。私達が睡眠魔法を使い、閣下には麻痺魔法を使って頂く」
「「「了解」」」
「姉御には門に向かってもらい、中に入り込んで潜り戸を開けてもらいたいのだが、大丈夫か?」
「御任せ下さい。それくらい容易いことです。ベン男爵閣下」
話しているのは余なんだが、姉御は爺に返事をする。
まあ、いいんだけどさ。
「パトリック殿とマーティンは、少し離れた場所から別々の見張り台を無力化してもらうから、集合に少し遅れるだろうけれど、出来るだけ早く砦の中に入ってもらいたい」
「「了解」」
「では武運を祈る」
「「「おう」」」
行動を起こす前に、余の次に魔力が豊富な爺が、五人に気配隠蔽魔法と無音魔法、更には透明魔法に無臭魔法までかけて、敵の冒険者はもちろん魔獣にも見つからないようにする。
まあどれほど事前準備しようとも、経験豊富な冒険者や強力な魔獣には、簡単に見破られてしまうという話だが。
パトリックとマーティンは、俺達から左右に分かれてそれぞれが受け持つ見張り台に魔法攻撃をかけるべく、音もなく魔境の中に消えていった。
二人ほどの手練れなら、単独でも魔獣に後れを取らないと信じている。
余は情けない事に爺と姉御に護られ、砦の門の前まで移動する。
もっとも爺が直衛について余を守ると言う事でなければ、パトリックもマーティンも余から離れる事を納得しなかったであろう。
普段から砦の冒険者が魔獣を狩っているのか、それとも余達の運がいいのか、所定の場所まで移動する間に魔獣に出会う事もなかった。
全員で決めていた、三百数えた後の攻撃開始を体感で計り、見事に一斉に魔法を放った。
幼き頃より共に学び鍛えてきたことが、ここに報われたと言う事だ。
主従で分かれて戦うことになろうとも、時を同じくして攻撃を開始できるように、体感時計を共有出来るようにしてきた甲斐があったのだ。
無力化した冒険者共が直ぐに発見させるとは思えないが、それでも砦内に入り込むのは早い方がいいに決まっているから、姉御を先頭に余と爺は門に急ぐ。
斥候の姉御が素早いのは当然なのだが、爺が姉御や余に全く遅れる事なく駆けるのには驚かされる。
まあ爺ほどのモノなら、歳を重ねようが体力が落ちる事などないのかもしれない。
姉御が猿の魔獣と見まがうほどの身軽さで門を駆け登り、砦の中に入り込んで手早く中から潜り戸を開けてくれた。
爺と余も潜り戸の中に飛び込んだが、もちろん先に入ったのは爺だ。
姉御が余達を裏切るとは思わないが、それでも何が待ち受けているか分からない砦に、最初に余を飛び込ませてくれるはずもなく、爺が露払いを務めてくれる。
爺が危険などないのを確かめた後で、余が入るのだが、その僅かな確認の時間の間に、パトリックとマーティンが魔境から現れ、砦の門前にある唯一濠のない急坂道をかけて来る。
「入って大丈夫だ。アーサー殿」
「はい」
潜り戸を通ると中は聞いていた通り内枡形虎口になっており、四角形の空間は、全面と右側は行き止まりの壁で、左側の壁にだけ潜り戸が設けられている。
余と爺は魔力が豊富で、使う魔法も強い効果を示すので、内枡形虎口を護る冒険者も一緒に無力化出来たからよかったが、普通なら内枡形虎口で袋の鼠となり、ここで屍を晒すことになっていただろう。
まあ魔境の中に砦を築くのなら、これくらい防御力の高い出入り口にしなければ、安心して眠ることなどできないだろう。
姉御が内枡形虎口の潜り戸も開けておいてくれたので、一番危険な場所を一瞬で抜け出すことが出来た。
内枡形虎口の更に中に入ると、余と爺の魔法で無力化された冒険者達が倒れており、危険な兆候は全くなかったが、それでも油断する訳にはいかない。
代官の自供によれば、魔法使いと聖職者がいるはずなので、もしかしたら余達の行動に気付き、罠を張って待ち受けている可能性もあるのだ。
聞いていた通り、中には獣人猟師達が何とか夜露を避けられる程度の粗末な小屋が建っていた。
その奥に建っている、魔境の中とは思えない豪華な屋敷とは違い過ぎる。
奥の屋敷へ続く潜り戸を護る警備の冒険者達には、パトリックとマーティンが抜く手も見せない早業で剣を振るい、一刀の下に斬り殺している。
再度魔法を使えば殺すことなく捕らえる事もできるのだが、魔境の中という危険な場所で、魔力を浪費するわけにもいかないので、証人の人数は減るものの、騒がれないように殺すと事前の話し合いで決めていたのだ。
警備を担当していた冒険者達は手早く無力化したり殺したりしているので、誰にも騒がれてはいないものの、手練れの冒険者ならばこの異常な気配に感づいてもいいはずなのだが、屋敷からは何の反応もない。
屋敷の敷地と獣人猟師小屋の敷地を仕切る防塀の潜り戸を越え中に入ったが、それでも何の反応もなく、警備の冒険者を手投剣で殺しながら、徐々に屋敷に近づいて行った。
屋敷の入り口の護る冒険者をパトリックとマーティンが殺し、余達は遂に屋敷の中に入り込んだのだが、入って奥に進むと、徐々に耳を塞ぎたくなるような女性達の泣き声が聞こえてきた。
それだけでこの屋敷の中の悲惨な状況が想像できる。
姉御は怒りに打ち震えているし、パトリックは普段の無表情な顔に僅かに怒りが面に出ている。
爺は怖いくらい無表情になっており、その怒りの大きさは余が恐怖を感じるくらいだ。
マーティンはまだ若いのか、顔を真っ赤にして怒りを面に出している。
余はどんな表情をしているのだろう?
最奥の防音しているであろう部屋の中に入ると、その防音が無効になるほどの泣き声をあげてしまう、凄惨な暴行凌辱が行われていた。
拷問と魔法を使って代官達から人相などの特徴を聞き出していた、本来砦の防衛に気を付けなければいけない魔法使いと聖職者が、砦主の代官三男と一緒に暴行凌辱に加わり、何の注意も払っていなかった。
「殺すな。簡単に殺しては罰にならん」
怒りに我を忘れたのか、姉御が短剣を抜いて部屋に突入していったのだが、爺が殺さないように指示を出した。
証人にするためではなく、嬲り殺しにするために殺すなとは、爺も相当に怒っているな。
だが怒っていたのは姉御と爺だけではなく、パトリックとマーティンも激怒していたようで、一緒に部屋の中に飛び込み、殺さないように刺突で肩や膝などを破壊し、戦闘力を奪っていった。
三人とも表面上は激怒していたものの、心の奥底は冷静だったのか、最も手強いであろう魔法使いと聖職者に一直線で向かい、邪魔になる冒険者だけ排除して、他の冒険者は後回しにしていた。
だが最初は見逃しても無傷で捕らえる気など全くなかったようで、魔法使いと聖職者の性器を踏みつぶし、二度と凌辱が出来ない身体にした後で、大して脅威ではない代官の三男にも同じ報いを受けさせ、その後でこの部屋にいる冒険者全員の性器も踏みつぶしていった。
「アーサー殿、落ち着かれたか?」
不意に爺が余に声をかけてきた。
「わ、わ、わ、わたしは」
余は落ち着いて状況を観察している心算であったが、そうではなかったようだ。
爺には最初から分かっていたのだろう。
いくら王家王国専用の魔境やダンジョンで戦闘訓練を積んでいようとも、このような性的に凄惨な場面には出くわしたことが無いから、このような場面に遭遇した場合には、余のような育ち方をしたモノにはショックが大き過ぎて、真面に話すことも動くこともできなくなるだろうと。
体が激しく震え、話したくても言葉にできず、どもるようにしか言葉が出ない。
「殿下に事前に御話しなかったのは、冒険者として身を立てる御心算ならば、このような場面には必ず遭遇するからです。人の中にはこのような獣の部分があり、命懸けの魔境やダンジョンでは、その獣が解き放たれてしまう事があるのです。いえ、権力を手に入れ、人を人とも思わなくなると、権力で人の尊厳を踏みにじることに快感を覚える者もいるのです」
「わ、わ、わかった。こ、こ、こころしよう」
情けない。
未だに震えが収まらず、真面に返事もできない。
爺は慈愛のこもった眼で見てくれるが、情けなくて恥じ入るばかりだ。
余は怒りを抑えて冷静であったのではなく、単に居竦まっているだけだ。
武者震いならよかったのだが、凄惨な場面に恐怖して震えていただけだ。
もっともっと心身を鍛えなくてはならない!
そうでなければ、父王陛下に言った言葉が、単なる大言壮語になってしまう。
それは恥ずかし過ぎる。
王子として騎士として、家臣領民を護ると言う誓いを果たさねば、生き恥を晒すことになる。

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