月乙女の伯爵令嬢が婚約破棄させられるそうです。

克全

第28話

「ハリソン。
私と踊ってくださいな」

「……はい。
王女殿下。
しかし……」

会場中の貴族士族が固唾を飲んで見守っていた。
夫のジョージが殺されたばかりのビクトリア王女が、アリス伯爵令嬢と婚約したばかりのハリソン侯爵公子を、堂々とダンスに誘ったからだ。
これはいただけなかった。
ハリソンと一番にダンスを踊るのは、婚約者のアリスと決まっているのだ。

「ねえ、アリス。
私は愛する夫を失ったばかりで傷ついているの。
少しだけ労わってくれないかしら?」

「はい。
王女殿下。
どうぞハリソン殿と踊られてください」

ヴラドはその情景を見ながら、腹の中で王族の浅ましさをあざ笑っていた。
また王に貸しを作り、多くの権限を手に入れようと目論んでいた。
特にスミス伯爵家に複数の爵位を手に入れようとしていた。
ヴラド達闇の眷属は、オリバーが多くの女を妊娠させたことで、余裕が産まれていたのだ。

月乙女の血族を安全に増やすためには、スミス伯爵家に多くの分家を設ける事が一番だった。
ワラキア大公国にもスミス伯爵家の分家を設ける予定になってはいたが、フラン王国にも多くの分家を創設したかった。
そこで王家が失態をしでかしてくれたのだから、万々歳だった。

ヴラドは月乙女の血筋と花を護るために冷静な判断が出来るが、レオはそうではなかった。
ヴラドの前では強がっていたが、月乙女と孫の幸せを願っているのが明白だった。
ヴラドとて恋したことがないわけでない。
いや、遥か昔、人間の女と心を焼くような恋をしたことがある。

今でもその女の事を想うと、胸に杭を打ち込まれたような激痛を感じるほどだ。
だがヴラドには、吸血鬼の頭領としての責任があった。
狼男一人と月乙女一人の幸せより、一族全体の事を考えなければならなかった。
レオもそうだ。
月乙女の血が絶える事だけは、絶対に防がなければならなかった。

ヴラドとレオはビクトリア王女の乱行を好機と捉え、アリスとハリソンの結婚を延期させた。
その間にスミス伯爵家では、オリバーが侍女の間に十人の男女をもうけた。
アリスとカイは幸せに暮らし、月下草と月光草の庭園が次々と増えた。
ビクトリア王女とハリソン侯爵公子の間に不義の子が産まれた。

遂にヴラドが強引に動いた。
ウィリアム王にビクトリア王女とハリソン侯爵公子に不義の事実を突きつけ、伯爵位一つ子爵位四つの、計五個の爵位を手に入れた。
五個の爵位に相応しい領地まで王家から出させた。
その代わり条件があった。

今後も産まれてくるだろうビクトリア王女の不義の子を、全員アリスとカイの子供として引き取るという条件だった。
ただしその度に、新たな爵位と領地を王家が保証するという、破格の条件をヴラドはウィリアム王に飲ませたのだ。

オリバーは種馬のように次々と子供をもうけ、フラン王国とワラキア大公国で十の分家を作り血を広げた。
それぞれの貴族家に闇の一族が守護役として臣従した。
家を継げないスミス伯爵家の男子は、莫大な持参金を持って貴族士族家の養子に入り、娘達も持参金を持って貴族家士族家に嫁入りした。
その全てに闇の一族が家臣として付き従った。

子供の出来ないアリスとカイは、ビクトリア王女の子供を自分の子供のように可愛がり、アリスが亡くなるまで幸せに暮らした。

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