女将軍 井伊直虎

克全

第59話宇津城

『宇津城・宇津頼重・頼章親子』

「父上どうなされますか?」

「籠城する。」

「しかしながらあのような大軍に囲まれ、守り切れますでしょうか?」

「波多野殿・赤井殿・荻野殿が共に戦ってくれる、今川も全軍で攻め寄せる訳では無い。」

「しかし実際あのような大軍が城下に集まっております。」

「まあまかせよ、内藤殿に皇室御領を返還するから援軍を送って欲しいと使者を出してある。」

「それならば最初から皇室に御返ししていれば、このように今川に攻められることもありませんでしたでしょう!」

「本当に返しはせん、内藤が三好の援軍を連れて今川と戦えば、双方の大損害で我らを攻める余力など残らん。」

「父上! それは幾らなんでも酷くはありませんか?!」

「頼章、山国荘の年貢が有るか無いかで、宇津一族が生き残れるか滅ぶかの境になる事もあるのだぞ。」

「・・・・・はい。」

「今川と三好を嚙合わせる、その上で漁夫の利を狙う。」

「それはどう言う事でございますか?」

「合戦に巻き込まれた国衆の中には消耗する者も出てくる、その者を攻めて所領を奪い取る。」

「なるほど、私はまだまだ若いのでございますね。」

「汚くなれ、悪党と呼ばれねば今の世は生き残れぬぞ。」

「承りました。」

宇津頼重が思い描いていた策は上手く運ばなかった。

義輝将軍を討った三好家が揺れてしまっていたからだ。

若き養嗣子で確固たる地位を確立していない当主・義継と、彼に忠誠を誓う者・彼を核に己に立身出世を狙う者達の集団。

後に三好三人衆と呼ばれる三好長逸・三好宗渭・岩成友通らを軸とした、当主・義継を傀儡として自分達の利益を極力確保しようとする集団。もちろん3人が別々の集団の代表者だ。

三好長逸は古くからの三好一族の利益代表者
岩成友通は義輝将軍を殺した方がよいと考えた家臣団の代表者
三好宗渭は元々細川晴元陣営出身で旧細川家臣団や堺衆の代表者

松永久秀・内藤宗勝は、三好長慶に旧恩を感じ当主・義継に忠誠を誓っていたが、集団としては義輝将軍を生かして利用した方がよいと考えていた家臣の代表だった。

畿内の三好家は大きく分けて3つ、中に分ければ6つの利益集団に分かれてしまっていた。その為にそれぞれの意見と利益を調整するのに時間が掛かり、宇津頼重の生死などどうでもよく、宇津頼重からの使者は黙殺される事になった。

義直は、宇津城・宇津嶽山城を蟻の這い出る隙間もないほど厳重に包囲した。その上で最前線の兵に木盾・竹把を持たせて、鉄砲隊と弓隊に支援させながらゆっくり城に近付かせた。圧倒的な物量を誇る義直軍の猛攻によって、宇津城・宇津嶽山城の郭は1つまた1つと陥落し、宇津頼重・頼章親子は本丸で切腹することになった。

今の義直は、今川領を中心にした太平洋側の貿易に加え、新たに領有した若狭を中心にした日本海側貿易を手に入れていた。更には若狭・南近江(琵琶湖)・美濃・北伊勢・尾張を手にしたことによる日本横断貿易まで行えるようになっていた。特に琵琶湖を使った京・堺との貿易で、莫大な富を得る事が出来ていた。

「義直様、宇津家主従は皆殺しにして晒し者になされませ。いえ、これから攻め込む城まで運んで、籠城している将兵に死体を見せつけなされませ。」

「母上様! それは流石に無慈悲ではありませんか?!」

「皇室御領を押領する者へに見せしめです。同時に義直様に逆らう者はどうなるか見せつけなければならないのです。」

「本当にそこまでしなくてはいけませんか?」

「宇津家の者には、朝廷からも皇室からも何度も使者が送られております。三好家からも我が今川家からも、何度も何度も使者が送られました。それでも押領を続けたのです、晒し者にする以外の道はありません。」

「分かりました、致し方ありません。」

「では義直様、内藤殿の支配域には手を出さず、軍を反して波多野を攻めましょう。」

「承りました。」

義直軍は、宇津家領を直轄地とし、丹波・川勝家と山城・愛宕郡の国衆・地侍を調略した事で、花背を通って近江と直接行き来できるようになった。その街道を周辺農民に銭を支払い整備させる事で、軍の移動と兵糧の輸送が素早く出来るようにした。

その上で波多野家の八上城に向けて侵攻した。

埴生城の野々口西蔵坊清親は、義直に波多野家との仲介を願い出て来た。清親は波多野家の本領安堵とを願い、同時に丹波国内がこれ以上戦で荒れることを嫌い、合戦の回避を心から願っていた。そこで義直は直虎の策を受け、軍勢の1部を分派して波多野方安口城の抑えとして残し、主力は先に抵抗を示した塩貝城の塩貝将監晴政を攻め滅ぼすことにした。

しかし塩貝将監晴政は、宇津城の顛末を伝え聞いて危険を察し、家財を全て持ち出し一族一門を引き連れ波多野家を頼って逃げ去っていた。

そこで義直は塩貝城を接収して直轄地とし、内政と防衛を担う代官を置いた。その上で軍を進めて須知城に入り、八田城に籠っている「青鬼」籾井教業の後方を断とうとした。

中村城と福井城を落とせば、籾井教業は本拠地・籾井城との連絡補給を断たれ、八田城を立ち枯れさせる事が出来るからだ。しかし荒木城の荒木山城守氏綱と淀山城の波々伯部光吉が、福井城の援軍に入った為一旦軍を進めるのを止め、山家城の和久義国を先に攻める事にした。

和久義国は、高城山城主・大槻左門清秀ら大槻一門と連携して迎え討とうとした。

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