女将軍 井伊直虎

克全

第33話決戦3

『田幡城跡 城外』

信長がしぶとく抵抗する義直の首を取るべく、手元の残った後詰を投入した直後、井伊直平に率いられた1000兵が信長の本陣に攻め掛かった。

信長も、今川からの夜襲逆撃を考慮していなかった訳では無い、十分対策は取っていた。後詰を投入していたとは言え、周囲に警戒の兵は多数配置していたし柵も設けていた。だが陣女郎として信長勢の雑兵と懇ろになっていた者達の中に、義直の手の者がいた事を見落としていた。

義直の歩き巫女達が、見張りの雑兵を色仕掛けで味方に引き込んだり暗殺したりした為、警戒線を容易く突破されてしまったのだ。

信長本陣付近の騒ぎは、城攻めをしていた信長勢に大きな影響を与えてしまった。廃城で濠が無いとは言え、想定していたより柵が強固で数も多かったから、城攻めで死傷する者が多かった。それなのに攻城する信長勢の方が、兵の数が少ないのだ。確かに四方八方を警戒しなければいけない守備方に比べて、攻撃地点を自由に選べ、1点に多数の兵を投入できるという利点はある。だが損害が余りにも多すぎた。

そんな苦戦を重ね、やっと城の防衛線を2つ突破し、3つ目の防衛線を攻め立てている時に、後方の信長本陣が攻撃される音が聞こえて来た。しかも目にも鮮やかな火の手まで上がったのだ。

「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは井伊修理亮直平なり! 井伊修理亮直平が織田信長を討ち取ったり~!」

織田信長討ち取られるの言葉で戦線は崩壊した!

信長勢は雑兵達が雪崩をうって逃げ出してしまったのだ。

「いまだ! 追い討ちをかけよ!」

機を見た直虎の指示を受けて、義直勢は柵を越えて討って出た。あれほど手強かった信長勢を、今度は簡単に討ち取る事が出来た。追い首・逃げ首は評価が低い、だが全く評価されない訳でもない。生け捕りにしたら身代金を要求する事も可能だし、奴隷として売り払う事も出来る。

田幡城跡周辺では殺戮と捕縛が繰り広げられた。

「大爺様、信長を討ち取ったと言うのは嘘だったのですか?!」

「嘘も嘘、大嘘じゃ!」

「よくもまあそのような事をしてのけられましたな!」

「朝倉宗滴殿も、『武者は犬と言われようと、畜生とも言われようと、勝つ事が大切である』と言っておる、あの状態なら嘘でも信長を討ち取ったと言えば、織田勢が崩壊することは確実だったわ。」

「よく信長が反論しませんでしたな!」

「軍勢の中でも特に声の大きい者に叫ばしたからな。それに討ち取りの名乗りをあげている時以外は、鬨の声をあげさせて信長の声は封じておいたわ。」

「なるほど、それで信長は生きていると言えなかったのですね。」

「まあ皆戦場では怖いのだ、不利な状況になったら恐怖の囚われ生き延びる為に逃げたくなる、雑兵などは特にそうじゃ。在所の農兵ならば国に帰った時の事や、残してきた家族を処罰されないように踏ん張りもするだろう、だが銭で雇った流れ者の雑兵は不利になれば直ぐ逃げる。織田はそのような兵が多いと聞いていた。」

「なるほどそうでございましたか、義直も心しておきます。」

「うむ、それで直虎殿、これからどうされるお心算じゃ?」

「まずはこの度の大勝をもって、那古野城の林秀貞に降伏の使者を送ります。」

「信長は死んだことにするのか?」

直平は少々複雑な表情で聞いた。嘘をついての勝ちに負い目があるのか、それとも嘘を重ねて林秀貞を調略することに躊躇があるのかは知る由もない。

「いえ、信長討ち取りは軍略であって生死は不明と正直に申しましょう。その上で降伏開城の使者を送りましょう。」

「うむ、後々も林秀貞殿に活躍してもらうには、正直に申すのがよいだろう。」


『那古野城 林秀貞と井伊直平』

「秀貞殿、降伏して義直様に御仕えなされてはどうだ?」

「直平殿、林家は3代に渡って織田家を主君と仰ぎ仕えて来た、そう簡単に主を変える事など出来ん。」

「だが林殿は信長殿に反して兵を挙げた事がなかったか?」

「それは信長様の器量と信勝様の器量を推し量り、信勝様が当主になった方が織田家の為になると思ったからじゃ、決して織田家を裏切った訳ではない!」

「それは分かっておる、だが秀貞殿の危惧は確かだったのではないのか? 信勝殿が当主になっておったら、このような仕儀にはなっていなかったのではないか?」

「直平殿はそう申すが、信長様は織田一門を統合されて尾張1国をほぼ統一された。今川義元殿をあわやと言うことまで追い詰められた、器量に不足があったとは言えぬ!」

「確かにそれなりの器量があるであろう、だが御隠居様や義直様には及ばないのではないか?」

「それは違うであろう、義元殿はともかく、義直殿は直平殿などの御側に仕える者の力であろう。」

「よき武者が沢山集まる人徳こそが、主君たるものの1番大切の才能とは思わぬか?」

「それは確かにそうだろう、だからと言って易々と主君を裏切り、昨日までの敵に仕える訳にはいかん。」

「そうか、ならば城を明け渡して信長殿の所へ落ちて行けばよいだろう。」

「本気か?」

「だが1つ条件がある。」

「何だ?」

「義直様に仕えたいと言う将兵は、那古野城に残して行ってもらう。」

「それは・・・・・」

「このままでは味方から裏切り者が出て、結局城を失う事になるぞ、今なら織田に忠誠を誓う者を連れて清州城に行くことが出来るぞ。」

「・・・・・」

「心配することはない、佐久間一門も配下の者達に裏切られて城を捨てて逃げたが許されておる。まして秀貞殿は降伏臣従の誘いを蹴り、信長殿に味方して戦っている将兵の家族を連れて行くのだ。少々配下が裏切ろうと、粗略に扱われる事はあるまい。」

「分かった、そうさせてもらおう。」

林秀貞は僅かな手勢と、信長勢に加わっている将兵の家族を連れて清州城に落ちて行った。人質等の影響がない那古野城守備兵は、その大半が義直の家臣となった。

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