女将軍 井伊直虎

克全

第18話女同士

柴田勝家一族が守っていた上社城・下社城・一色城が落城して、柴田一族が落延びて来たのだが、これには裏があった。

『上社城』
「奥方さま、歩き巫女殿が折り入ってご相談したいことが有ると参っております」
「爺、なぜ私が歩き巫女風情と会わねばならないのです」
「城の行く末について、内々のご相談したいことが有るとの事でございます」
「爺はその話を信じたのですか」
「子を持つ女同士の、我が子を想う母心をお察しして参りましたと、巫女殿は申しております」
「そこまで言っているなら会いましょう」

奥方は内々の話と聞いて、爺以外の者を遠ざけて会う事にした。
柴田家に嫁いできた時についていた侍である爺は、年は取っていても歴戦の古強者で、このような場合でも安心して護衛を任せることが出来る。
爺に案内されて、歩き巫女が静々と入って来た。
陣中や町で身を売る者とはとても思えないほど、優雅で高貴な立ち振る舞いであった。

「お初に御目にかかります。井伊直虎様の使者としてまいりました。さゆりと申します」
「なに。敵である今川の使者と申すか」
「いえ、今川の使者では御座いません。あくまで同じ子を持つ女である、井伊直虎様の使者でございます」
「私は寡聞にして、井伊直虎殿を存じ上げないのですが、さゆり殿の口振りでは女の人なのですか」
「はい。直虎様は、先代の今川家当主の義元公の妾で、尾張侵攻軍の先鋒総大将、井伊義直様の母親でございます。女の身ではございますが、義元公に認められ、義直様の後見人として、軍議への参加を認められておられます」
「そうですか。それほどの女性が、私ごときに何の用があるのです」
「織田家に人質に取られた御子様と、この城に残った御子様、全ての家族を助ける方法でございます」
「なに。そのような方法があるのですか」
「城内の兵に態と謀反を起こさせ、信長の下に逃げ込むのです」
「それはどう言う事なのです」
「籠城すれば、義直様の軍勢一万兵に攻め込まれ、城を枕に討ち死にする事になります。そうなれば奥方様だけでなく、幼い御子様方や将兵領民まで、皆殺しになってしまいます」
「その覚悟は出来ております」
「立派な御覚悟でございますが、今少し話を御聞き下さい。もし何の抵抗もせず城を捨て逃げれば、信長は人質に取った御子様を殺してしまう事でしょう」
「確かにそうなるでしょうね。ですが私達は、城を枕に討ち死にする覚悟です。そうなれば、清州城に捕えられている嫡男と、新たに連れ去られた次男は生き残る事が出来るでしょう。二人に我が家の再興を期待するしかありません」
「ですが、精一杯戦いながら、味方の裏切りで城を落ちるしかなくなり、それでも織田を裏切る事無く上野城に駆けつけて、信長の軍勢に加わったらどうでしょう。皆で生きる道が広がるのではありませんか」
「・・・・・」
「合戦の勝敗は別にして、合戦が落ち着けば、女子供は人質として清州城で暮らす事になるのではありませんか。直虎様は必ず清州城を囲み、御助けに参ると申しております」
「細工して信長様に合流したとしても、必ず許して貰えるとは限らないのではありませんか」
「確かに信長は喜怒哀楽が激しいと聞いております。しかしながら今回は、奥方様たちを罰することは出来ないと思われます」
「何故ですか」
「織田家の重臣の佐久間信盛が、二度も城を捨てて逃げ出しているからです。奥方様たちを罰するなら、信盛も罰しなくてはなりません。でも今の信長では、信盛を罰することは出来ません、そんな事をしたら、佐久間一族が全て離反してしまいます」
「そう言う事ですか。佐久間信盛を罰せず私たちだけを罰したら、多くの国衆地侍が離反するから、信長は私たちを罰しないと言うのですね」
「はい。絶対では有りませんが、その可能性が高いと思っています」
「しかし、偽の謀反を起こすなど、とても難しい事です。裏切った者共に辱めを受けるなど、我慢出来る事では御座いません」
「確かにその恐れは御座いますが、兵どもの欲は、私たちが搾り取っておきます。直虎様からも、奥方様のご家族は、人質として殺さず確保しろと厳命しておきます」
「間違って逃げきれずに捕まる事はないですか。信長に疑われないようにするには、余りに簡単に逃げ出す訳にもいけないでしょう」
「奥方様には、信頼出来る家臣がいるではありませんか」

奥方は思わず爺の顔を見た。

「清州城で暮らしておられる所を、爺が助けに行くことになるでしょう。爺にはしばらくの間、義直様の下で働いて頂きます」
「爺が義直様の下にいても疑われないでしょうか」
「大丈夫です『七度主君を変えねば武士とはいえぬ』と言われる時代でございます。爺には、家臣を見捨てて逃げるような信長には仕えられぬと言って貰いましょう。そうすれば信長も、更に奥方様を罰し難くなります」
「爺、汚名を着る事になります。それでもやってくれますか」
「お任せ下さい。奥方様や若君達の為なら、どのような汚名も苦労も厭いはいたしません」
「爺の忠心、決して忘れません。清州城で爺が迎えに来てくれるのを待っています」
「はい。必ず御迎えに参ります」

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