女将軍 井伊直虎

克全

第11話功名

「俺はこれで御隠居様いる沓掛城に行かせてもらう」
「先鋒大将としては、泰朝殿には引き続き働いて貰いたい。それでも帰ると言うのなら、抗命は御隠居様に伝えさせて貰う」
「御前のような寝返り組に言われる覚えはないわ。元々斯波義寛や大河内貞綱と組んで、今川家と敵対した家ではないか。我ら朝比奈家は井伊如きの下になどつけん」
「私は御隠居様の下知で、先鋒大将を任じられている。泰朝殿も先鋒に加えて、指揮するように言われている。これは何度も言っているな。それでも戻ると言われるのだな」
「ああ帰る。井伊の下につくのは武士の恥じゃ」
朝比奈泰朝は、怒りもあらわに陣幕を出て行った。
これで名和城と平島城の城代は、井伊の差配で自由に出来る。
名和城は井伊直成に兵五百、平島城は井伊直元に兵五百をつけて任せることにした。
その上で近隣の清水城に進むと、城主以下全てが逃げ出した後で空城だった。
そこ清水城は、中野直由に兵五百を預けて守らせた。
このまま知多半島を進めば、落としていない城に背後に見せることになる。
朝比奈泰朝が率いる二千五百兵が減り、千五百の兵を奪った城に入れたとなると、直卒できる兵が一万を切ってしまう。
そこで井伊直盛は、味方が支配する大高城・沓掛城・岡崎城と連絡が取り易い、長草城を攻めとる事にした。
一応降伏の使者を送ったら、長草城の藤田民部は、織田・水野の援軍は無理と判断したようで、今川に降伏する事を決断し、自ら人質を伴って清水城にやって来た。
「井伊殿、人質を差し出し今川家に忠誠を誓います。それゆえ領民を傷つけないように御願いする」
「殊勝な御心がけですな、藤田殿。だが我の一存で貴殿の降伏を認めるよりは、沓掛城におれらる御隠居様と、岡崎城におられる義直様に挨拶する方が今後の為だろう。護衛と案内役を付けるから、そちらに行かれよ」
「御助言ありがとうございます。さっそく向かわせて頂きます」
思いがけなく簡単に藤田民部が降伏臣従したので、井伊直盛は戦略を変更した。
清水城と平島城に軍を駐屯させて、近隣の城砦に降伏勧告の使者を送る事にしたのだ。
これによって翌日早朝、富田山中城の駒中左衛門尉が、降伏臣従にやって来た。
次いで丸根城の富田知信も、降伏臣従に現れた。
これで、松平元康に仕える、絵下城の矢田作十郎と連携が取れる。
矢田作十郎は勇猛で知られた漢だが、熱心な一向宗門徒なのが心配だ。
近くに同じく元康の家臣、吉良町酒井家の丸山城(境城)もあるから、二城の道を使って沓掛城との連絡を確立できた。
これで知多半島最大勢力の、水野信元を討ち取る準備が出来た。
信元は緒川城に籠っていて、刈谷城は弟の信近が守っている。
更に木田城には、村木砦攻めと寺本城(堀之内城)攻めで、織田勢として活躍した荒尾小太郎空善が籠っている。
木田城に対する備えはしっかり整えておかなければならない。

『尾張・沓掛城・今川義元・朝比奈泰朝』
「何故ここにいる」
「は、それは御隠居様がおられるとお聞きしましたので」
「では何故、俺が織田に囲まれている時には来なかった」
「いえ、それは織田の間者の欺瞞策と思いましたので」
「織田軍がいる時は信じず、織田軍を義直と直盛たちが討ち破ってから、都合よく信じて来たか。この臆病者が」
「何を申されます。私は鷲津砦、名和城、平島城を攻め落としておりま。臆病者呼ばわりは。いかに御隠居様と言えども許せません」
「では何故織田がいる時に助けに来なかった」
「井伊家の卑しき白拍子や歩き巫女の言う事など、信じられません」
「先鋒の大将に井伊直盛を任じて、お前もそれに加わるように申し付けたはずだ。何故今ここに戻ってきていると言っている。戦を恐れて逃げて来たとしか思えん」
「御隠居様がそのような命を下されるとは信じられません。私が井伊の下につけられて、素直に従うと御思いとは信じられません」
「この度の、俺を救い出した功は絶大だ。城に籠って助けに来なかった、臆病者を下につけるのは当然じゃ。泰朝は父の功が大きい故処罰はせぬが、兵を置いて駿河に戻っておれ」
「何を申されます」
「いざという時に役に立たぬ者に、兵を預ける事は出来ぬ。早々に駿河に戻るがよい。蒲原氏徳、庵原之政、長谷川元長、由比正信・吉田氏好。泰朝に預けていた兵を任せる。至急直盛の援軍に行って参れ」
「「「「「承りました」」」」」
「御隠居様」
「泰朝を、俺の目の届かぬ所に追い払え。いや、早々に城から追い出せ」

『三河・岡崎城・井伊直虎・井伊直平・井伊義直』
「大爺様、義直様に武功を立てて頂きたいのです」
「それは水野信元の事を申されているのですか」
「はい。父上は、着々と知多半島を平定されております。恐らく信長が援軍に来る事は無いでしょう。今川の城砦群を背にしては挟み撃ちとなり、勝ち目がない事は、信長も重々承知している事でしょう。万が一来たとしても、今度は御隠居様も易々と負けられないでしょう」
「確かに、この状態で直盛の預かる一万兵に、我らが預かる二千兵が加われば、水野一党はを簡単に攻め滅ぼす事が出来るだろう。沓掛城の戦に続き、水野信元を攻め滅ぼす総大将を務めたとあれば、義直様の武名は高まるだろう。だがそれでは、御隠居様と御屋形様の猜疑心も高まってしまうのではないか」
「今なら大丈夫です、御屋形様と駿河譜代衆の為体(ていたらく)に、御隠居様の御心も揺れております。ここは動いた方が、義直の安全を買う事が出来ます。このまま何もせず駿河に帰ったら、義直は御屋形様に殺されてしまいます。」
「確かに、今川一門の猜疑心は激しい。ここは武名を上げておく方が、進退が自由になるな。だが御隠居様に許可を貰わなくてもいいのか」
「我々は後詰の許可を頂いております。父上が順調に城を落としている以上、守備の兵を置かなければならなくなり、兵の数が足りなくなります。それに、朝比奈泰朝と激しく対立されているとも聞いております。御隠居様からは、指揮権争いの際には義直様が大将となり、我ら二人が後見役をする許可を頂いているではありませんか」
「確かにその通りだな。ならば早い方がよかろう。直ぐに出陣の用意を致そう」
「何時でも出陣出来るように、用意は整えてあります。義直様、大爺様が出陣に賛同して下さいました」
「さようか、それはよかった。直平、直虎、後見役を頼んだぞ」
「「お任せ下さりませ!」」
岡崎城に残っていた義直勢は、何時でも沓掛城に駆けつけられるように、万全の準備していた。
直平が出陣に同意して直ぐに、直盛勢と合流すべく岡崎城を出陣した。

『尾張・緒川城』
直盛達は、九千五百兵を率いて清水城を出陣した。
緒川城攻略に残った最後の障害である、吉川城を攻め落とす為だ。
直盛達が城を囲むと、城主の花井播磨守平次と息子・の八郎が、降伏臣従を誓って下って来た。
花井親子と藤田・富田・駒中の家臣達を先方とし、て緒川城を攻略に軍勢を進めた。

緖川城 水野信元(当主)
刈谷城 水野信近(弟)
平島城 五百兵 井伊直元
名和城 五百兵 井伊直成
清水城 五百兵 中野直由
富田山中城 駒中左衛門尉
長草城   藤田民部
丸根城   富田知信
吉川城   花井播磨守平次・勘八郎
絵下城   矢田作十郎
丸山城(境城) 酒井家の城

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