「婚約破棄」「ざまあ」短編集5巻

克全

第6話

「直ぐに肉を焼いてあげよう。
焼きあがるまでリンゴを食べていなさい」

「はい、ありがとう、おねえちゃん」

素直でかわいい子です。
心に愛おしさが湧き上がってきます。
これが母性愛というモノでしょうか?
小都市で聞いた、この子を生い立ちからは信じられない優しい性格です。
よく噂で聞く、生い立ちによるひねくれなど微塵もありません。

この子はあの売春宿の娼婦を母に生まれたそうです。
父親は誰だか分からないそうです。
母親も父親が誰だか分からなかったそうです。
それほど酷い扱いで身体を売らされていたと、小都市の住人から聞かされました。

「サラ、肉が焼けたよ。
火傷しないように、ゆっくり食べなさい」

「はい、おねえちゃん」

ああ、なんてかわいいのでしょう。
お姉ちゃんと言われるたびに震えるような喜びが湧き上がります。
肉など食べさせてもらったことがないと言っていました。
あの腐れ男は殺されて当然だったのです。

あの男を、いえ、あの売春宿一味を皆殺しにしたことで、色々と面倒な事にはなりましたが、サラを助けられたので、微塵も後悔していません。

後始末に小都市の代表を探したら、売春宿の亭主が代表だったという、笑い話にもならないお粗末な話でした。
小都市の代表だから好き勝手やっていたのか、売春で大儲けして力があったから代表になったかなど、私には何の意味もありませんし興味もありません。
残っている有力者と話をつけるだけでした。

少々迷いはあったのです。
お忍び旅の騎士として話を通すか、フェルナンデス公爵家令嬢として権力を振り回して話をつけるか。
私は熟考のすえ、フェルナンデス公爵家令嬢として話する決断をしました。
追っ手に痕跡を残すことになりますが、どうしてもサラを助けたかったし、路銀を補充しておけとインキタトゥスから助言されたので、決断するしかなかったのです。

インキタトゥスによれば、平民は権力者の横暴には慣れているそうです。
殺されたりしない限りは唯々諾々と従うそうです。
嫌な話ですが、確かにそういう場面にはいくつも出会っていたので、仕方なく助言に従いました。

最初に売春宿の亭主の罪を並べ立て、不敬罪と強盗未遂で斬り捨てたと宣言し、賠償金としてすべての財産を没収すると言い渡しました。
相手は私、フェルナンデス公爵家令嬢マリーアです、平民に反論など不可能です。

ですがここで、急ぐ旅なので、持ち運べない財産は小都市に寄付すると宣言し、契約書まで書いてやりました。
小都市の人間は揉み手をして承諾しました。
売春宿の家屋敷だけでも、平民にとっては莫大な財産です。
売春婦を含めた奴隷や小物も馬鹿にならない金額になります。
有力者たちは金銀や馬羊を喜んで私に渡したのです。

「思い出に浸っているのに悪いが、追っ手だぜ」


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