「ざまぁ」「婚約破棄」短編集3巻

克全

第1話プロローグ

「きゃ!
何するの!
この痴漢!」

バッチーン

チャールズ王太子主催の夜会で、私は露骨にお尻を撫でられました。
貴族令嬢として絶対に許せない行為です。
これを見逃したら、身持ちの悪い女という評判が立ってしまいます。
そんな事になったら、婚約者のオリバー卿にまで迷惑がかかります。
私は振り向きざま思いっきり、平手打ちを相手の頬に叩きつけました。

「キャアアアアア!」

振り向くときから加速をつけていましたから、途中で止める事なんてできません。
相手の顔を確認して、痴漢がチャールズ王太子だと分かった時には、もう平手を打ちを止められる状態ではありませんでした。
それに、止める気もありませんでした。
婚約者のいる私に、普段から露骨に情欲の籠った視線を送ってくるのです。
少々の処罰を受ける覚悟で、大恥をかかせてやろうと思ったのです。

ですが、私の考えが甘過ぎました。
ジョージ国王陛下は、もっと賢明で公平な方だと思っていましたが、違いました。
チャールズ王太子も、多少は恥を知っていると思っていましたが、違いました。
オリバー卿は、勇気と誇りを持った方だと思っていましたが、違いました。
王国貴族院は、貴族を王権から護ってくれると思っていましたが、違いました。
父上は何が、何があっても私を護ってくれると思っていましたが、違いました。

「理由の如何を問わず、オリビア嬢が王太子殿下を叩いたのは間違いない、魔の巣食う荒地に追放を命じる」

貴族院で裁判が行われましたが、私は一切の抗弁の機会を与えられませんでした。
発言できないように、猿ぐつわを噛まされていました。
前代未聞の、大陸に恥をさらす不公平な裁判でした。
その裁判で、私は国外追放刑にされてしまいました。

裁判前の聴取では、王太子にお尻を撫でられて、思わず手が出てしまったと言っていたのですが、証拠に採用される事もなく、証人も許されませんでした。
婚約者だったアバコーン侯爵家長男オリバーも、全く庇ってはくださらず、婚約破棄されてしまいました。
ナイフ一本、銅貨一枚も与えられず、人肉が大好きな魔獣の縄張りである、魔の荒地に放り出されてしまいました。

でも、愛犬ジルが家を出て荒地まで追いかけてきてくれました。
それに、今なら分かります。
あの裁判が、貴族院の精一杯の抵抗であったことを。
私を陰で処分せず、貴族院が恥を晒すことになっても、不公平な裁判記録を残してくれたのです。
それが誰の助力であったのか私には分かりませんし、気にする余裕もありません。
魔獣の跳梁跋扈する荒地で生きていくだけで精一杯なのです。

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