「ざまぁ」「婚約破棄」短編集3巻

克全

第6話

「義兄上。
護衛達が美味しいワインを買ってきてくれました。
毒見は終わっていますので、どうぞお飲みください」

「いや、今酔うわけにはいかん。
私にはグレイスを護る責任があるんだ。
ワインは護衛達に飲ませてやってくれ」

「もちろん護衛達にも飲んでもらいます。
でも義兄上が全く飲まれなければ、護衛達も一滴も飲めません。
どうかお飲みください」

「う~ん。
確かにその通りだな。
だが酔うわけにはいかないから、一杯だけもらおう」

残念ですが、仕方ありません。
ディラン様は聖騎士です。
酔い潰れてしまわれるような、心の弱い方ではありません。
分かっていたことですが、少しだけ期待してしまっていたのです。
旅が長引けば、少しは乱れられるかもしれないと、期待していたのです。

「義兄上。
この鶏の香草焼きは美味しですわ。
私が食べさして差し上げましょうか?」

「駄目だよ、グレイス。
ここは馬車の中ではないのだよ。
聖女らしく、行儀よく食事しなさい。
私は少し心配になっているのだよ。
今のようなマナーでは、領地に戻った時に困るのではないかい。
領地にいた時には完璧だったのに、いつの間にか悪くなっているよ。
神殿でのマナーはどうなっていたんだい?」

「まあ!
義兄上は心配してくださっているのですね。
とてもうれしいですわ!
でも大丈夫ですわ。
これは義兄上に甘えさせていただいているだけです。
孤児院にいた時の私を知ってくださっている義兄上の前だけは、甘えさせていただいているのです。
王宮でも神殿でも領地でも、息が詰まるほど努力してきたのですもの」

「ああ、そうだったね。
そう言われれば、あまり厳しく注意できないな。
あの頃のことを思い出せば、グレイスの努力は凄いな。
しかたない、でもあまり緩み過ぎてはいけないよ」

「はい、義兄上」

ディラン様は本当にお優しいです。
だからこそ、守るべき時のマナーはしっかりと守って、ディラン様と二人きりになれる時に緩めて甘えるのです。
蔑まれないように気をつけながら、ディラン様を誘惑するのです。
正式な妻になれるなんて、爪の先ほども思っていません。
陰の愛妾でも構いません。
ディラン様の愛が得られるのなら、それでいいのです。

「川鱒の塩焼きをお持ちしました。
入って宜しいですか」

「いいですわよ」

護衛が川鱒の塩焼きを持ってきてくれました。
ディラン様は川魚が苦手なようですが、私は大好きなのです。
鮒や鯉は上手く料理する技術がなければ泥臭くなりますが、川鱒は少々腕が悪くてもとても美味しく料理できます。

「義兄上は川魚が苦手なのは知っていますが、一度だけ試してくださいませ。
私の大好物ですの」

「仕方ないね。
グレイスがそこまで言うのなら食べてみるよ」

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