「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集4

克全

第2話

「おい、こら、なぜここに貧乏人がいる。
ここは白パンを売っているんじゃないのか?
なんだこれは?!
茶パンや黒パンどころか、ライ麦パンまでおいているではないか!
俺をバカにしているのか?!」

「バカになどしてませんよ。
私は美味しいパンを売っているのです。
美味しければ小麦でもライ麦でも関係ありません。
お気に召さないようでしたら、帰ってくださって結構ですよ」

エラは貧しい身なりの女性が害されないように前に出た。
恐らく剣闘士であろう偉そうな客は、人を殺す事などなんとも思わない、残虐な性格に思われたからだ。

「おのれ!
俺様をバカにしおって!
もう絶対に許さんぞ!」

「許さなかったらどうするというのだ?
この店がコールフィールド辺境伯家御用達だと知っていきがっているのか?
このエラの焼いたパンがコールフィールド辺境伯の大好物で、そのパンが食べられなくなったら、辺境伯が激怒すると分かっているのか?」

音もなくエラのパン屋に入ってきた男が、剣闘士に話しかけた。
話しかけるというよりも、脅したという方が正しいだろう。
それにしても、結構強そうに見える剣闘士に気配を感じさせず、簡単に背後をとった男は何者なのだろうか?

「な?!
嘘をつくな!
そんな嘘に騙される俺様ではないぞ!」

「嘘かどうか、今から俺と一緒に辺境伯邸に行けばよかろう。
さあ!
一緒に行こうか!」

「やかましい!
俺様は忙しいんだ!」
こんなガキと貧乏人の相手などしておれるか!」

剣闘士は内心震えあがっていた。
命懸けの戦いのなかで生き延びた剣闘士だ。
実力差には敏感で、勝てない相手との取り組みを避けたり、殺されないルールが適用されるように、裏工作するのも平気な男だ。
生き残るためなら、八百長すら厭わない強かな男が、なんの気配も感じさせずに背後をとった剣士に死の恐怖を感じ、尻尾を巻いて逃げ出す機会を探していたのだ。

(もう二度と来るなよ。
今度来たら闘技場に手をまわして殺しちゃうよ)

剣士を避けて逃げようとした剣闘士に、剣士が小声でささやいた。
優しい言葉つきとは真逆の、凍てつくような殺意に剣闘士は震えあがった。
絶対に敵に回してはいけない相手を敵に回した事を、剣闘士は悟った。
言葉を発する事もできず、カクカクと首を縦にしながら、転びそうになりながら剣闘士はエラのパン屋を出ていった。

「あれ?
マッテオ!?
マッテオなの?!」

「ああ、久しぶり。
今日は休みで、久しぶりにエラのパンが食べたくなって、こっちに来たんだよ。
それでバカに出会ったというわけだよ」

「そうなのね、助かったわ。
どれでも好きなパンを食べたいだけ食べてよ」


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