「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集4

克全

第3話ナウシカ視点

「シンクレア伯爵家令嬢ナウシカ!
この恥知らずの腐れ女郎!
貴族の誇りを持たず、目下の者を虐めるとは、なんたることか!
そのような愚劣な者を、我が妻に迎えることなどできん!
本日只今、この場において婚約の解消を申し渡す!」

ショックでした。
残念でした。
愛されていないのは分かっていました。
聖銀鉱山からの利益が目的だと分かっていました。
それでも、誇り高い貴族が結んだ政略結婚の約束です。
こんな人前で、一方的に解消を申し渡されるとは思ってもいませんでした。

ですが私も伯爵家の令嬢です。
このまま無抵抗に冤罪を受け入れる事はできません。
うつむきそうになる弱い心を奮い立たせないといけません!
ガタガタと震えそうになる手足を叱咤激励し、平静を装わなければいけません。
こわばる口から反論しなければいけません!
もう私は父母兄弟のいない天涯孤独の身なのですから!

激痛が、胸に激痛が走りました!
反論を口にしようとしたとたん、心臓を剣で貫かれたような激痛に襲われました。
不覚にも、あまりの激痛に倒れてしまいました。
その時に頭を打ってしまったのでしょうか?
それとも、あまりの激痛に意識を失ったのでしょうか?
すでに肉体から魂が離れてしまっていたのでしょうか?
激痛を感じて以降に記憶がないのです。

だからといって、目覚めるまでの記憶が何もないわけではありません。
莫大な量の夢を繰り返し見ました。
生れてから死ぬまでの人生を何度も夢見たのです。
濃密な夢でした。
今でもその全てを思い出せるくらい、印象的で鮮烈な長い長い夢でした。

いえ、夢ではないのかもしれません。
私の魂が経験してきた、前世の記憶なのかもしれません。
それも一度の前世ではなく、何十もの前世経験です。
天涯孤独となった私にとっては、これから生きていくうえで珠玉の記憶です。

ですが、とても困った事もあります。
私の性格です。
そう、変わってしまったのです。
優しく大人しいと言えば聞こえはいいですが、貴族家の当主としては致命的だった性格が、一変してしまったのです。

いえ、一変してくれたと、心から感謝すべきでしょう。
己一人で子爵家を維持していくには、魑魅魍魎のような貴族たちと互角に交渉するには、気の強さはとても大切です。
死にかける前に貴族たちに奪われたモノを考えれば、強くそう思います。

ですが、以前と今の性格の違いが分からなかったあの時。
この身に宿った呪いのような趣味嗜好を理解できていなかったあの時。
死から生還した直後に、五里霧中の状態で王太子殿下と会話してしまったことが、たかが伯爵家令嬢でしかなかった私の人生を、一変させてしまったのです。


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