「ざまぁ」「婚約破棄」短編集

克全

第4話

「さっさと飛び降りろ!
こんなところにいつまでもいたくないんだ。
自分で飛び降りないのなら、斬り落とすぞ!」

護衛の騎士は情け容赦ありません。
いえ、護衛の騎士ではなく、処刑係というべきでしょう。
残忍酷薄を絵にかいたような顔つきをしています。
私がこの下劣な連中に汚されずに済んだのは、魔獣の伝説のお陰です。
乙女以外の者を奈落に落としたら、魔獣が奈落から現れ、穢れたモノを落とした人間を殺すという伝説があるからです。

いえ、単なる伝説ではありません。
厳然たる事実です。
五年前には、王都に住む庶民の娘を乱暴して殺した子爵家の令息が、遺体を奈落に落として隠蔽しようとし、奈落から魔獣を呼び寄せてしまっています。
悪徳非道で有名だった男爵家は、その時に魔獣に皆殺しにされています。

十年前にも同じような事がありました。
その時は貴族ではなく、売春宿を経営する業突張りの悪徳商人でした。
彼は病気で寝込んでいようと、堕胎直後であろうと、無理矢理売春婦を働かせて次々と死なせていました。
最後には墓地に埋葬する費用すら惜しみ、遺体を奈落に投げ込んだのです。

当然魔獣が激怒したのです。
王都の暗黒街を仕切るとまで言われた売春宿の経営者は、一大勢力を誇っていた売春宿ギルド、いえ、犯罪者ギルドの全構成員と共に殺されました。
魔獣に皆殺しにされたのです。
ですからその犯罪者ギルドの全容は今でも不明です。
どれほどの悪事を働いていたのか、単なる売春婦を束ねるギルドだったのか、謎のまま滅んでしまいました。

だから私は劣情にまみれた視線を受けるだけで済んだのです。
そのような伝説が、いえ、現実がなければ、私は嬲り者にされていたでしょう。
いえ、嬲り者にされないために、名誉を守るために、自害していたでしょう。
このような下劣な連中だからこそ、王命は絶対です。
他人の尊厳や命は平気で踏みにじる連中ですが、自分の命は惜しむのです。
王や魔獣に殺されないために、私を無事に奈落に送り届けたのです。

「スカーレット!
助けに来たぞ、スカーレット!」

「何者だ?!
王命に逆らうというのか?!」

ケイデン?
ケイデンが助けに来てくれたのですか?
駄目です!
ケイデンの長年の努力が、やっと報われようとしているのです。
私のためにその努力を無にするわけにはいかないのです。

私は震える脚に力を籠めます。
その場にしゃがみ込みたくなる心を叱咤します。
飛び降り台の上から奈落の底に向けて、思い切って飛んだのです。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品