「溺愛」「婚約破棄」「ざまあ」短編集

克全

第5話

「アジュナ嬢。
御者がアジュナ嬢を襲おうとしたから殺した。
追っ手が来るだろう。
逃げ切るには歩いて山を越えてもらわねばならん。
覚悟してくれ」

思わず、いいのですかと聞い返しそうになりました。
今からでも私を殺せば、カミーユが助かるのではないですかと、聞き返してしまいそうになりました。
でもそんな事を口にしたら、カミーユの尊い行動を汚してしまうと、私にだって分かります。
ここは黙ってカミーユの好意を受けることが、普通では絶対にありえない、命を懸けた善意に対するお礼だと思います。

「分かりました。
足手まといになるとは思いますが、死力を振り絞ってついていきます。
ですが資金は必要でしょう。
修道院用の資金など途中の恵みで使い切っていますね?
足りない分はカミーユが出してくれていたのでしょ?」

「ふん!
あれは私が好きでやっていたことだ。
施しは以前からやっていたんだ。
アジュナ嬢に影響されてやったんじゃないよ」

「そう。
カミーユは慈悲深いのね。
それはそうと、この真珠を逃走資金に使って。
逃げ出せるようなことがあれば、この真珠を使うつもりだったのよ」

私が笑って真珠を渡すと、カミーユが驚いています。
それはそうでしょう。
大粒の真珠はとても高価なのです。
古代では真珠1個と小城が十城が交換されたという話もあります。
今ではそこまでではありませんが、この大きさの真珠ならプレミア価格で購入されるはずです。

「分かった。
大切に使わせてもらおう。
逃げるのに案内人を頼むことにする。
不可触民を雇うが構わないな?」

「私は構わないわ。
だけど私を助けたことが分かったら、彼らが困るのではなくて?」

「王侯貴族は不可触民の事など気にしない。
それに、前に屋台の親父さんが話していたろ?
この国を見限って逃げ出す不可触民がいると。
礼金を払って案内を頼むことは、彼らに逃亡資金を渡すことにもなるんだ。
アジュナ嬢は気にしなくていい」

そうでしたね。
この国は不可触民に見限られてしまっているのでした。
もうこの国は滅んでしまうのかもしれません。
少なくとも激しい騒乱が起こるのは間違いないでしょう。
王家や多くの貴族家が亡ぶような内乱が起こることでしょう。
それを好機と他国が侵攻してくるかもしれません。
多くの民が巻き込まれて死んでいくのでしょうね……

「だったらカミーユ。
さっき渡した真珠を使って、できるだけ多くの貧民や不可触民を逃がしてあげる事はできないかしら?
必要ならもう少し真珠を用意できるわ」

「……今はいい。
万が一私とはぐれた時の事を考えて、その真珠が自分で持っていてくれ」

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