転生武田義信

克全

第219話忠臣

1575年4月:マラッカ沖海上・武田信廉と乗艦艦長と信廉家老

「艦長。上陸は出来んのか」
「出来ません」
「何故だ。他の船の乗員達はマニラやボルネオで、自由に上陸していたではないか」
「上陸出来る船は、ゴアに上陸する陸兵を乗せていない船に限られています」
「だが、琉球を出て以来、一度も上陸出来ておらん。このままでは、家臣共の足腰が萎えてしまう」
「そんな事はありません。船の上でも、幾らでも鍛錬は出来ます」
「えぇぇぇい、余の命令じゃ。次の寄港地では上陸させよ」
「それは、陛下の御命令に逆らうと言う事ですか」
「幾ら兄上の命令であろうと、無茶と言うモノだ」
「それは、陛下の策に逆らうと言う事ですか」
「何を言っている。家臣共が病気になるから、上陸させろと言っているのだ」
「上陸した方が、南方の疫病に罹り、死んでしまいます」
「いいや。船に乗っている方が身体に悪い」
「言われましたな。王太子殿下に無理無体を言って南方軍に加わり、仕方なく陛下が直々に立てられた策に逆らい、道案内を任された海軍の指示にも従わぬと言う事ですね」
「誰が無理無体を申したと言うのだ」
「殿。もう御止めください」
「なんだと。小次郎。儂が何故我慢せねばならぬ。次郎兄者に比べて、ずっと日陰に置かれた来たのだぞ。それでも何も言わず、家の為、兄者の為に働いてきたのだ。信基や信実達の下に置かれて、まだ我慢しろと申すか」
「殿。此方へ。此方で内々に御話させていただきたい。艦長殿。すまぬな」
「いえ、御気になさらずに」
「何だと申すのだ。まだ艦長に言わねばならぬことがあるのだ」
「話を聞いて下さい。殿。今回の大遠征には、今まで一度も付けられたことのない、陛下と王太孫殿下の監軍が付けられている事を考えて下さい」
「それだけ重要な合戦だと言う事であろう」
「殿は、今回の合戦の何が重要だと御考えですか」
「南蛮のイスパニアとポルトガルが築いた、天竺の拠点を奪うからであろう」
「それは違います」
「何が違うと言うのだ」
「殿と弟君や従兄弟殿達が、王太子殿下に従軍を強要された事、どれほど危険な事か分かっておられません」
「何が危険なのだ。信基達が許されているではないか」
「それは方々が望まれたのではなく、王太子殿下が御決めになられたのです。殿下の策に不服を申されたわけでも、口出しされたわけでもございません」
「当然ではないか。あのような若造に、合戦の機微など分からぬ」
「分かっておられないのは殿でございます」
「小次郎は何を申しているのだ」
「陛下と王太孫殿下は、激怒なされておられますぞ」
「何を、申しているのだ」
「陛下と王太孫殿下が監軍に送って来られたのは、汚れ仕事をされてこられた、山本勘助殿と猿渡飛影殿でございますぞ」
「まさか、そんな。だが、前回の粛正は、疫病で死んだことに見せかけて、家族や本家に類が及ばないようにしていたではないか。上陸させないと言う事は、粛清する心算ではないと言う事であろう」
「その結果、殿を始めとする一門の方々が思い上がってしまいました」
「それが分かっていたのなら、もっと早く申さんか」
「私も思い上がっておりました。殿の御血統と功績ならば、これくらいの願いは叶えられると思っておりました」
「そうであろう。それだけの功績はあるはずだ」
「いいえ。我らが海上に出るまで、監軍が付く事は秘されておりました。これは、申し開きを聞く気がない証拠でございます」
「では。兄上や義信は余を殺す心算なのか」
「それでございます」
「何がだ」
「殿は、事あるごとに陛下を兄上と申され、王太子殿下を太郎殿と言ったり、義信と呼び捨てにしたりなされておられます」
「それがどうした。兄上は兄上ではないか。太郎殿は我が甥ではないか。親しく呼んで何が悪いのだ」
「陛下は国を建てられて国王陛下と成られたのです。ですがその国を本当に建てられたのは、陛下ではなく王太子殿下でございます。それを弁えず、近親の情に甘え、公私のけじめをつけず、家臣の前で呼び捨てになされておられました」
「今まで一度も諫言しなかったではないか」
「私の不明でございます」
「今更何を言っておる」
「今考えれば、奉天伯閣下は、そう言う公私のけじめに厳しい方でございました」
「それが、余と次郎兄者の差だと申すのか」
「奉天伯閣下と申されませ。この船にも、陛下の間者が入り込んでいますぞ。いいえ。艦長その人が、陛下から何事か言い含められている事でしょう」
「余を、毒殺すると言うのか」
「いいえ。先ほども申し上げたように、疫病に見せかけて毒殺するのなら、台湾に上陸させて、既に毒を盛っております」
「毒殺するのでなければ、どうすると申すのだ」
「ゴアの上陸戦の時に、御方討ちするものと思われます」
「おのれ義信。このまま黙って討たれるモノか。この船を乗っ取って、イスパニアに寝返ってくれる」
「無理でございます」
「何が無理なのだ」
「陛下が、脅されたくらいで降伏する者に、殿を監視させるはずがございません」
「だったらどうしろと申すのだ」
「殿は、陛下や殿下に恭順の意を示す御心算はないのですね」
「ない。余にも誇りがある」
「では、私に秘策がございます」

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