転生武田義信

克全

第188話激闘、武田信繁対モンゴル騎馬軍団2

1568年5月:アムール州・ゼーヤ湖周辺・モンゴルとの決戦場:武田兵部卿信繁・望月左衛門佐義勝・望月左衛門尉義永・猿影・竹影:武田信繁視点

「右翼に喰らいつけ」

「左翼は反撃せよ」

「見事でございますな、父上」

「ああ、儂も引退すべき時が来たのかもしれん」

「何を気弱なことを申されますか。影衆が自由に采配を振るえるのも、父上が総大将の座にあるからこそでございます」

「そうだな。儂の次に総大将になる者が、如何に諸王太子殿下の命があるとはいえ、影衆の命令に素直に従うとは限らんな」

「その通りでございます。父上には長く軍を率いて貰いたいと、諸王太子殿下も申されていたではありませんか」

「もったいない事ではあるが、殿下から暖かい御言葉を賜っておる」

やれやれ、左衛門尉の前では弱音の一つも吐けぬな。

儂もそろそろ歳だし、甲斐に戻って孫でも抱いて安楽に暮らしたい気持ちもあるのだが、息子達が一人前になるまでは、楽をするわけにはいかんな。

それに殿下から「秘蔵っ子を送るから好きに使え」とまでの御厚遇を受けた以上、隠居したいなどとは口が裂けても言えん。

それにしてもいい声だ。

殿下が作らせた拡声器を使っているとは言え、広大な戦場で響き渡る指図が出せるのは、大将の大切な素養の一つだ。

殿下は出自の低い者を影衆として鍛え上げ、大功を立てさせた後で指揮官に任命されてこられたから、この者もその候補者なのだろう。

実の弟だと言う影衆も、一つ間違えれば壊走となりかねない偽装撤退を見事にやり遂げた。

その胆力と指揮能力は目を見張るものがある。

何より常に兄を立てて自分を下に置く心根が素晴らしい。

もしそれなりの国衆に生まれていたら、兄弟で国の一つも斬り取っていただろう。

何よりも驚いたのは、厳寒期に敵中に進出して城を築けという提案であった。

敵中に入り込んでの築陣は、すでに日ノ本で何度も行っていた事だが、あれほど素早く組み立てるとは、どれだけ日ノ本で鍛錬したのかと感心した。

しかも略奪自由を約束して野人女真族を遠征軍に組み込むとは、裏切りを考慮しないのかと心配になったが、余程調略に自信があるのだろう。

いや、もしかしたら儂が気づかない間に、この兄弟が調略をしてくれていたのかもしれない。

儂自身が家臣に命じて調略したつもりでいたが、沿海・満州・阿模爾と簡単に軍を進められたのは、事前にこの兄弟が影衆を使って下準備をしてくれていたのかもしれない。

きっとそうだ。

殿下の事だから、儂らを送り込む前に入念に準備されていたのだろう。

これほど簡単にモンゴルが釣り野伏の罠に嵌ったのも、モンゴルの中に大物の内通者がいるからかもしれない。

猿影はアルタン・ハーンとトゥメン・ジャサクト・ハーンのどちらを調略したのだ。

ダァーン

追撃の銃声だ。

もはやモンゴルは全面敗走になっている。

釣り野伏の中軍を態と敗走させ、外城の中にモンゴルを引き入れた。

事前に噂を広めていた金銀財宝を狙って連携の取れなくなったモンゴルを、城内の一角に誘導して、鉄砲の一斉斉射で全滅させた。

それから内城に集結させていた若武者と野人女真の騎馬隊で、全面反撃を行った。

彼らが城から討って出たのと同時に、偽装敗走させていた左翼軍を立て直して逆撃をかけるなど、普通では絶対に成功しない。

若く実戦経験の少ない者と女真の援軍を野陣の内城に集めたのは、裏崩れや友崩れを防ぐためだとは分かっていたが、追撃でこれほど役に立つとは思わなかった。

儂は若い者や女真族を下に見ていたのかもしれないな。

隊列を整え組織だって逃げるモンゴルは、武田が追撃して全滅させればいい。

個々に落ちる者は、略奪目的の女真族に落ち武者狩りさせればいい。

どこまで進軍するかは、調略との兼ね合いもあるから、猿影に任せよう。

まさか乞塔まで追撃することはないだろう。



1568年9月:薩摩一宇治城・本丸義信私室:鷹司義信・織田上総介信長・真田弾正忠幸隆・黒影・闇影・影衆:鷹司義信視点

「これでモンゴルも再起は難しいでしょうな」

「そうだな。6万騎と言われた軍団の内、半数の3万騎が討ち取られるか捕虜になったのだからな」

「しかし殿下、家族が新たに戦士として軍に入るのではありませんか」

上総介は慎重だな。

「確かにその通りではあるが、一番経験を積んだ家長や戦士を失ったら、子息や部屋住みが新たな家長になったとしても、家としての戦闘力は激減する。それはモンゴルに限らず、武田家を始めどの大名家や国衆も同じではないか」

「殿下の申される通りだぞ、上総介殿」

「確かに殿下の申される通りではありますが、勝って兜の緒を締めよと申します。我らが油断してしまえば、前線は弛緩してしまいます」

「そうだな。確かにその心配はあるな」

「まして乞塔はおろか、満州里や海拉爾まで女真族が進出しているのです。彼らを見殺しにするような事があれば、諸王家の威信は地に落ちてします」

「そうだな。少数の家族単位で移動する野人女真を狙うモンゴルは、必ず出てくるだろうな」

「だからと言って彼らに千や二千の護衛を付けるわけには行きません」

「弾正忠の言う通りではあるが、味方に付いてくれた野人女真には好きな場所まで攻め込んでいいと約束してあったのだ。今さらそれを反故になどできん」

「我々にまで嘘を申されてはいけません」

「上総介は余が嘘を申したというのか」

「はい。野人女真が満州里や海拉爾まで進みたいと自ら望んだのではなく、そう言うように仕向けたのではありませんか」

「ほう。何故余がそのような事をする必要があるのだ」

「子孫の為に何が何でも満州を攻め取ると申された殿下の事です。その殿下が北でも西でもなく、護り易い川を越え山を迂回して、満州から山越えしなければ援軍を送れない、満州里や海拉爾への侵攻を事前に禁止されなかった。当然そう仕向けたと疑うべきでしょう」

「よく考えたな」

「私や弾正忠殿がそれくらい考えるのは、殿下は先刻承知なのでしょう。ですがもしそれが出来ないようなら、一軍の将として前線に送る心算なのでしょう」

「それが分かっていて理解していたと明かすのは、まだ余の側にいたいという事かな」

「そうではありません。下手に兵を欲しがれば、闇影殿に命を奪われてしまいますので、そんな気はないと御伝えしたかったのです」

「随分殊勝な事だな」

「勿論でございます。殿下の子飼いの影衆から、多くの軍師が育ってきております。今なら私を切ってもそれほどい痛手ではないでしょう」

「そうでもないぞ。これからは今満州に送っているような軍勢を三つも四つも編成し、南蛮や南方にも送らねばならん。その時に将帥はいくらいても足りない。上総介と弾正忠にはまだまだ余の側で働いてもらわねばならん」

「そう言っていただけると安心でございます。ですがこれからも殿下の側に御仕えするのなら、教えて頂いておかねばならない事がございます」

「ほう。それはなんだ」

「殿下はアルタン・ハーンとトゥメン・ジャサクト・ハーンの両方同時に調略を仕掛けられました。両者ともに調略に応じていたらどうする御心算だったのですか」

「アルタン・ハーンに成り代わってトゥメン・ジャサクト・ハーンを殺し、主殺しの汚名から逃してやると言ったことと、トゥメン・ジャサクト・ハーンにアルタン・ハーンを殺し、奪われた遊牧地を取り返してやると言ったことか」

「はい。あのような二枚舌は、殿下の信義を地に落としてしまいます」

「そうだな。余の信義が地に落ちようとも、現地の将兵を死なせず済むのなら、幾らでも嘘をつくぞ。だがまあ、アルタン・ハーンが主殺しを条件に余と同盟したという噂を流し、トゥメン・ジャサクト・ハーンにアルタン・ハーンを討つように仕向けるか、影衆にトゥメン・ジャサクト・ハーンを調略させたよ」

「殿下はトゥメン・ジャサクト・ハーンの味方をする心算だったのですか」

「いいや、そんな気はない。モンゴルは恐ろしい敵だから、同士討ちさせてから女真を尖兵に攻め込む心算であったよ」

「ではトゥメン・ジャサクト・ハーンが調略に応じてきていた場合は、どうされる御心算だったのですか」

「兵糧や軍資金の支援を行い、トゥメン・ジャサクト・ハーンが遊牧地を奪い返す戦いを勃発させて、モンゴルを弱体化させたよ」

「優先順位はトゥメン・ジャサクト・ハーンにあったのですね」

「軍事力はアルタン・ハーンが上で、血統の正当性はトゥメン・ジャサクト・ハーンにあった。モンゴルを弱体化させるには、先にアルタン・ハーンを滅ぼすべきであろう」

「なるほど、納得致しましたが、結果は両者が疑心暗鬼にかかり、共闘出来なくなったという事ですね」

「そうだ。双方ともに常に全戦力の投入に躊躇し、略奪を望む配下部族を抑えきれず、満足な軍略を立てられないまま戦うことになったという事だ」

「集まってくれた諸部族全ての顔を立て、公平に略奪させねばならぬ軍の限界という事ですか」

「勝って早い者勝ちで略奪できる間はいい。だが長対陣で何の略奪も出来ず、味方であるはずのハーン同士が警戒して、略奪に加えてもらえない部族が出てくれば、不平不満が出てきてしまうのが当然であろう。特に損をこうむるのが、ハーンに近い者なら忠臣を失うだろう。損をこうむるのがハーンに遠い者なら、もう一方のハーンに寝返ったり、馬市での交易を約束する我らに寝返ったりするさ」

「矢張りそうでしたか」

「納得したか」

「はい」

「では南方遠征の準備について話してくれ」

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