転生武田義信
第186話汚濁
1567年10月:中国東北部・吉林郊外・ウラ城近郊・武田軍本陣:武田左馬助信豊・遠藤喜右衛門直経:遠藤直経視点
「多くの女真族がいなくなったな」
「そろそろ寒さが厳しくなります。ウラ家に忠誠を誓う女真族でも、これ以上野陣を張るのは難しいですし、何より本拠に残した羊や馬が心配でしょう」
「自分だけがここに残れば、先に帰った者達に、羊や馬が略奪されると言う事だったな」
「はい。今の女真は戦国乱世でございます。しかも奴隷制が色濃く残っていますので、本拠に残した家族まで略奪対象にされるかもしれません」
「共に轡を並べて戦った戦友の留守を襲い、羊や馬だけでなく、家族まで略奪すると言うのか」
「それが女真の生き方でございます」
「心して戦わねば、味方してくれた女真の家族がどのような目にあわされるか分からぬな」
「はい。そろそろ頃合かと思われます」
「何の事だ」
「一気にウラ城を落とします」
「なに、どう言う事だ」
「調略が成功したしました」
「勝手に調略を進めたのか」
「勝手ではございません。諸王太子殿下の命を受けての調略でございます」
「諸王太子殿下は、父上様まで蔑ろにされたのか」
「諸王太子殿下はその様な事はなさりません。兵部卿には直接文で指示を出されておられます」
「だが余には内緒であったのだな」
「諸王太子殿下と兵部卿だけが知っておられる、最重要機密でございます」
「だが調略を受けている女真は知っているではないか」
「ですから、情報が聞こえてくれば誰が裏切ったか確かめやすいのです」
「しかし」
「秘密を知る者は少ないほど良いのです。このたくらみは、諸王太子殿下直属の影衆の中でも、ごく一部の者しか知らされない事でございます」
「喜右衛門はいったい何者だ。諸王太子殿下からどれほどの信頼を得ておるのだ」
「裏仕事を任されているだけでございます。左馬助殿のように表の功名など望めない者でございます」
「そうなのか。それはすまぬ事を申したな」
やれやれ、御曹司育ちなのだな。
兵部卿の正室の腹から生まれた御嫡男だし、武田家が大きく強くなってから、武田家の最も華やかな立場で御育ちになったと言えるから、調略や戦の本当の厳しさや薄汚い所は御存知ないのだろう。
この方に本当の戦を教えろと言うのが諸王太子殿下の命だから、諸王太子殿下は兵部卿の家を潰す気もなければ、所領を抑える気もないのだろう。
逍遙軒殿の所領を増やさないようにしているのに比べたら、信頼の違いがよくわかる。
「では、調略に応じた女真達と謁見していただきます」
「分かった」
随分と驚かれておられるな。
まあこれほど訓練された忍犬(にんけん)を見られるのは初めてだろう。
兵部卿の軍でも、拠点警備や野陣の警戒に犬は使っておられるが、諸王太子殿下を護る為に精魂込めて訓練された忍犬とは比較にならない。
兵部卿の側仕えの護衛役が使う忍犬でも二流、警備や警戒に使っているのは三流の忍犬だ。
「これからは武田家に忠誠を誓い、決して諸王太子殿下の御期待に背かぬように」
「「「「「は」」」」」
女真の忠誠など当てにならん。
武田が不利になれば、平気で裏切って背後から攻撃してくるだろう。
だから後衛は勿論、本陣の近くにも置くことは出来ない。
忠誠心を証明する為に、先陣として最前線で戦ってもらう。
まあ彼らにしても、略奪の為には最前線にいたいだろう。
それが調略の条件でもあったし、左馬助殿に戦の真実を教える術でもある。
闇影殿の話では、諸王太子殿下も随分悩まれておられたと言うが、最終時には決断してくださった。
殿下は合戦後の略奪を禁止され、敵の妻子だけでなく、城下の民が戦の為に死傷する事の無いようにされた。
今の若武者達には、あの凄惨な合戦前後の略奪など思いもよらないだろう。
だが女真やモンゴルを調略するには略奪を許すしかなかった。
いや、殿下は極力略奪を防ぐ形で調略を纏めろと言われたそうだ。
だがどうしても無理な場合は、左馬助殿に戦の現実を知らせる機会にしろと言われた。
兵部卿から左馬助殿ではなく、影衆が実戦で学ばせると言うのは、殿下の兵部卿への気遣いなのかもしれんな。
だが俺は殿下の命に逆らって、略奪なしで纏められる調略を、略奪を許す形で纏めた。
その方が馬市などの朝貢の条件を武田有利に纏めることが出来たし、滅ぼした女真族の領地を武田家有利に切り取ることが出来るからだ。
それに殿下も表向きは略奪禁止を言われていたが、私をここに派遣して調略の全権を任せたと言う事は、略奪を認める心算だったのだろう。
さもなければ絶対に禁止と命じられたはずだ。
「いよいよだな」
「はい。そろそろ大砲部隊が城門を破壊いたします」
「これは口にすべきではないのかもしれないが、調略した女真が裏切るようなことはないだろうな」
「それは大丈夫でございます。各部族長の側には、腕利きの目付を派遣し、裏切る兆候が見えれば直ぐに殺す手筈を整えております。万が一それが失敗しても、大砲を女真に奪われないように、護衛の鉄砲隊と槍隊に加え、特別に投げ槍隊と騎馬隊も付けております」
「そうか、いらぬことを申したな」
「いえ、それくらいの慎重さが大切でございます」
「そうか、ならば気にせぬ事にする」
「ただ彼らが裏切らないのは、我々を裏切るよりも、ウラ城の財宝を奪う方が利があると思っているからであります」
「それを申すな。諸王太子殿下の御威光で、戦に略奪が無くなっておったのに、余の無能の所為で武田家の栄光に泥を塗ってしまった」
「それは違います」
「何が違うものか。御父上や殿下がここにおられたら、略奪など許さなくても、女真は武田家の威光で臣下に加わっていただろうに」
「それは本当に違います」
「何がどう違うのだ」
「如何に殿下と申されても、身体は1つしかございません」
「そんな事は当たり前ではないか」
「ならば日ノ本の中心に座られ国を護ることと、女真を心服させることを、同時になどできません」
「だから殿下や父上がここにおられたらと申しておる」
「では左馬助殿に、日ノ本の中心に座して国を護ることが出来るのですか」
「余にその様な事が出来るわけがないだろう」
「では兵部卿に成り代わり、モンゴルの騎馬軍団を押し返せるのでございますか」
「それも無理だ。今の余にはそのような力はない」
「武田家に仕える者は、与えられた御役目を全力で成し遂げております。左馬助殿がこの場を任されたと言う事は、左馬助殿が1番適任なのでございます。左馬助殿から見てもっと適任と思われる方がいたとしても、その方には他にやらねばならぬ御役目があるのです」
「それは、喜右衛門殿もそうだと言う事だな」
「はい。左馬助殿と私で、味方に出来る女真族を調略し、逆らう女真族は滅ぼさねばなりません。それが出来ると殿下が認められたからこそ、兵部卿は左馬助殿にこの場を任され、私を補佐にされたのです」
「分かった。殿下と父上の御期待に応えて見せる」
ドッーン
大砲の一斉斉射で外城の城門が粉砕された。
ウラ城は松花江南側に築かれており、内城・中城・外城の三重構造になっている。
それなりに高い三重城壁と濠に護られた城なのだが、平城なので堅城とは言えない。
流石に内城は人工的に土塁を築いた上に築かれており、周囲を急な切崖に造り上げている。
だがその程度の防御力など、武田軍の大砲隊にとってはないも同然だ。
問題はウラ城と武田軍の野陣の間にある、数多くの衛星城であったが、圧倒的に不利な状況となり、ウラ城の略奪を許すと言う条件で調略が成功した。
ウラ城は、明国とウラ城以北の女真族との交易路を抑えている。
特に明国が欲しがる貂皮は、北方で狩られたモノがウラ城を通って互市で売られる。
だが明の支配域まで行くことの出来ない者は、ウラ城の中城や外城に店を構える商人に売り払う。
ウラ城は交易都市として莫大な富を蓄積しているのだ。
調略に応じた女真族は、欲に目の色を変えて破壊された城門に殺到した。
「多くの女真族がいなくなったな」
「そろそろ寒さが厳しくなります。ウラ家に忠誠を誓う女真族でも、これ以上野陣を張るのは難しいですし、何より本拠に残した羊や馬が心配でしょう」
「自分だけがここに残れば、先に帰った者達に、羊や馬が略奪されると言う事だったな」
「はい。今の女真は戦国乱世でございます。しかも奴隷制が色濃く残っていますので、本拠に残した家族まで略奪対象にされるかもしれません」
「共に轡を並べて戦った戦友の留守を襲い、羊や馬だけでなく、家族まで略奪すると言うのか」
「それが女真の生き方でございます」
「心して戦わねば、味方してくれた女真の家族がどのような目にあわされるか分からぬな」
「はい。そろそろ頃合かと思われます」
「何の事だ」
「一気にウラ城を落とします」
「なに、どう言う事だ」
「調略が成功したしました」
「勝手に調略を進めたのか」
「勝手ではございません。諸王太子殿下の命を受けての調略でございます」
「諸王太子殿下は、父上様まで蔑ろにされたのか」
「諸王太子殿下はその様な事はなさりません。兵部卿には直接文で指示を出されておられます」
「だが余には内緒であったのだな」
「諸王太子殿下と兵部卿だけが知っておられる、最重要機密でございます」
「だが調略を受けている女真は知っているではないか」
「ですから、情報が聞こえてくれば誰が裏切ったか確かめやすいのです」
「しかし」
「秘密を知る者は少ないほど良いのです。このたくらみは、諸王太子殿下直属の影衆の中でも、ごく一部の者しか知らされない事でございます」
「喜右衛門はいったい何者だ。諸王太子殿下からどれほどの信頼を得ておるのだ」
「裏仕事を任されているだけでございます。左馬助殿のように表の功名など望めない者でございます」
「そうなのか。それはすまぬ事を申したな」
やれやれ、御曹司育ちなのだな。
兵部卿の正室の腹から生まれた御嫡男だし、武田家が大きく強くなってから、武田家の最も華やかな立場で御育ちになったと言えるから、調略や戦の本当の厳しさや薄汚い所は御存知ないのだろう。
この方に本当の戦を教えろと言うのが諸王太子殿下の命だから、諸王太子殿下は兵部卿の家を潰す気もなければ、所領を抑える気もないのだろう。
逍遙軒殿の所領を増やさないようにしているのに比べたら、信頼の違いがよくわかる。
「では、調略に応じた女真達と謁見していただきます」
「分かった」
随分と驚かれておられるな。
まあこれほど訓練された忍犬(にんけん)を見られるのは初めてだろう。
兵部卿の軍でも、拠点警備や野陣の警戒に犬は使っておられるが、諸王太子殿下を護る為に精魂込めて訓練された忍犬とは比較にならない。
兵部卿の側仕えの護衛役が使う忍犬でも二流、警備や警戒に使っているのは三流の忍犬だ。
「これからは武田家に忠誠を誓い、決して諸王太子殿下の御期待に背かぬように」
「「「「「は」」」」」
女真の忠誠など当てにならん。
武田が不利になれば、平気で裏切って背後から攻撃してくるだろう。
だから後衛は勿論、本陣の近くにも置くことは出来ない。
忠誠心を証明する為に、先陣として最前線で戦ってもらう。
まあ彼らにしても、略奪の為には最前線にいたいだろう。
それが調略の条件でもあったし、左馬助殿に戦の真実を教える術でもある。
闇影殿の話では、諸王太子殿下も随分悩まれておられたと言うが、最終時には決断してくださった。
殿下は合戦後の略奪を禁止され、敵の妻子だけでなく、城下の民が戦の為に死傷する事の無いようにされた。
今の若武者達には、あの凄惨な合戦前後の略奪など思いもよらないだろう。
だが女真やモンゴルを調略するには略奪を許すしかなかった。
いや、殿下は極力略奪を防ぐ形で調略を纏めろと言われたそうだ。
だがどうしても無理な場合は、左馬助殿に戦の現実を知らせる機会にしろと言われた。
兵部卿から左馬助殿ではなく、影衆が実戦で学ばせると言うのは、殿下の兵部卿への気遣いなのかもしれんな。
だが俺は殿下の命に逆らって、略奪なしで纏められる調略を、略奪を許す形で纏めた。
その方が馬市などの朝貢の条件を武田有利に纏めることが出来たし、滅ぼした女真族の領地を武田家有利に切り取ることが出来るからだ。
それに殿下も表向きは略奪禁止を言われていたが、私をここに派遣して調略の全権を任せたと言う事は、略奪を認める心算だったのだろう。
さもなければ絶対に禁止と命じられたはずだ。
「いよいよだな」
「はい。そろそろ大砲部隊が城門を破壊いたします」
「これは口にすべきではないのかもしれないが、調略した女真が裏切るようなことはないだろうな」
「それは大丈夫でございます。各部族長の側には、腕利きの目付を派遣し、裏切る兆候が見えれば直ぐに殺す手筈を整えております。万が一それが失敗しても、大砲を女真に奪われないように、護衛の鉄砲隊と槍隊に加え、特別に投げ槍隊と騎馬隊も付けております」
「そうか、いらぬことを申したな」
「いえ、それくらいの慎重さが大切でございます」
「そうか、ならば気にせぬ事にする」
「ただ彼らが裏切らないのは、我々を裏切るよりも、ウラ城の財宝を奪う方が利があると思っているからであります」
「それを申すな。諸王太子殿下の御威光で、戦に略奪が無くなっておったのに、余の無能の所為で武田家の栄光に泥を塗ってしまった」
「それは違います」
「何が違うものか。御父上や殿下がここにおられたら、略奪など許さなくても、女真は武田家の威光で臣下に加わっていただろうに」
「それは本当に違います」
「何がどう違うのだ」
「如何に殿下と申されても、身体は1つしかございません」
「そんな事は当たり前ではないか」
「ならば日ノ本の中心に座られ国を護ることと、女真を心服させることを、同時になどできません」
「だから殿下や父上がここにおられたらと申しておる」
「では左馬助殿に、日ノ本の中心に座して国を護ることが出来るのですか」
「余にその様な事が出来るわけがないだろう」
「では兵部卿に成り代わり、モンゴルの騎馬軍団を押し返せるのでございますか」
「それも無理だ。今の余にはそのような力はない」
「武田家に仕える者は、与えられた御役目を全力で成し遂げております。左馬助殿がこの場を任されたと言う事は、左馬助殿が1番適任なのでございます。左馬助殿から見てもっと適任と思われる方がいたとしても、その方には他にやらねばならぬ御役目があるのです」
「それは、喜右衛門殿もそうだと言う事だな」
「はい。左馬助殿と私で、味方に出来る女真族を調略し、逆らう女真族は滅ぼさねばなりません。それが出来ると殿下が認められたからこそ、兵部卿は左馬助殿にこの場を任され、私を補佐にされたのです」
「分かった。殿下と父上の御期待に応えて見せる」
ドッーン
大砲の一斉斉射で外城の城門が粉砕された。
ウラ城は松花江南側に築かれており、内城・中城・外城の三重構造になっている。
それなりに高い三重城壁と濠に護られた城なのだが、平城なので堅城とは言えない。
流石に内城は人工的に土塁を築いた上に築かれており、周囲を急な切崖に造り上げている。
だがその程度の防御力など、武田軍の大砲隊にとってはないも同然だ。
問題はウラ城と武田軍の野陣の間にある、数多くの衛星城であったが、圧倒的に不利な状況となり、ウラ城の略奪を許すと言う条件で調略が成功した。
ウラ城は、明国とウラ城以北の女真族との交易路を抑えている。
特に明国が欲しがる貂皮は、北方で狩られたモノがウラ城を通って互市で売られる。
だが明の支配域まで行くことの出来ない者は、ウラ城の中城や外城に店を構える商人に売り払う。
ウラ城は交易都市として莫大な富を蓄積しているのだ。
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