転生武田義信

克全

第180話明国の方針

1567年4月:薩摩一宇治城・本丸義信私室:鷹司義信・織田信長・真田幸隆・黒影・闇影・影衆:鷹司義信視点

「命懸けの役目、御苦労である」

「過分の言葉を賜り、恐悦至極でございます。仲間に成り代わり御礼申し上げます」

「いや。他国の王宮に入り込み、公私に渡り情報を探るのは至難の業である。それを成し遂げてくれたこと、天晴である。これからも引き続き働いてもらいた」

「は。これまでと同じように、粉骨砕身仕えさせていただきます」

「それで明国の方針はどうなっておる」

「嘉靖帝が崩御され、隆慶帝の即位が決まった時点で戻ってきましたので、確たる証のある話ではありませんが、嘉靖帝が丹薬の服用で崩御されたこともあり、今後の明国では道士が排斥されるものと思われます」

「それでは、今後の明国の政治を主導するのは、想定通り徐階と思っていいのだな」

「はい。私が北京を離れるまではその流れでございました」

「では以前から使者が話を通していた通り、我が国が偽倭寇を取り締まるために、偽倭寇の本拠地である、大琉球(沖縄)と小琉球(台湾)を属国にするのは構わないのだな」

「明国の政治闘争によって変わる可能性はありますが、徐階殿が権力を握る限りはその方針で進むと思われます」

「女真、韃靼(北元モンゴル)を討伐して属国とし、万里の長城を国境とする件はどうだ」

「それはいささか厳しく、三万衛、遼陽・遼東は確保すべきと言うのが、明国の方針のようでございます」

「庚戌の変の時のように、今一度北京を包囲して朝貢と互市を強要させるべきか」

「韃靼をそそのかすのですか」

「女真でも構わない」

「殿下御自身が攻め込まれる手はないのでございますか」

今まで黙っていた幸隆が、横から俺と影衆の話に加わってきた。

「余は和議の仲介役を務めたいと思っている」

「戦うことなく一段上の役割になろうという事ですか」

「そうだ」

「ですが女真は直接攻め込み臣従させようとしている相手です。使うなら韃靼がよいのではありませんか」

「そうだな、その方がいいだろう」

「ならば今から韃靼と誼を通じておかねばなりませんが、兵部卿に使者を送り段取りして頂いてはいかがですか」

「そうだな。だが信鷹の事と言い、叔父上には重ね重ね負担をかけることになるな。黒影の配下は韃靼にまでは入り込めていないのか」

俺は黒影に忍者を送り込めないか確認してみた。

「人手が足りません。日ノ本全ての忍者を配下に頂き、更には奴隷の中から優秀な者を好きなだけ配下に入れる権利も頂きました。御陰様で明国内での活動に不自由はありませんが、韃靼で活動できる者は殆どおりません」

「全くいないわけではないのだな」

「はい。沿海州の奴隷貿易を通じて、女真が攫ってきた韃靼奴隷を購入し、奴隷解放を条件に鍛錬している者はおります。しかしながらまだ忠誠を得ておりません」

「そうか。韃靼に送ると逃げてしまう可能性があるのだな」

「はい。彼らが日ノ本に戻りたくなるような身分や土地、大切な家族をを手に入れるまでは、日ノ本の外に出すわけにはまいりません」

「殿下の侵攻速度が速すぎたのです。忍者の育成にまで手が回らないのは仕方ありますまい」

「殿下。女真との実戦、思い通りに行きますでしょうか」

信長が沈黙を破って聞いてきたが、馬術に関する技能差を言っているのだろうな。

「騎馬戦での優劣を言いたいのだな」

「はい。女真や韃靼は、歩く前に馬に乗るとまで言われるほどの騎馬民族でございます。殿下の軍略で武田家も騎馬軍団を育ててきましたが、望み通りの働きをしてくれるかは未知数でございます」

「その通りだ。恐らく純粋な馬術では、到底女真にも韃靼にも及ばないだろう」

「大筒と鉄砲でございますか」

「今までの日ノ本の戦を考えれば、鉄砲や大砲の斉射には、事前に訓練した馬以外は耐えられないだろう。女真や韃靼が、我らと同じように、毎日鉦や太鼓、竹鉄砲で軍馬を鍛えているとは思えん」

「全ては実際に戦って見なければ分からないという事でございますな」

「その通りだ。だが叔父上ならば、音で馬を脅かせなくても、鉄砲や大砲を駆使して女真を駆逐してくださるだろう」

「確かに兵部卿ならば女真や韃靼が相手であろうと、容易く敗れるような事はありますまいが、実戦経験のない若者が多く混じっております。彼らが逸ってしまって、決定的な隙を作ってしまう可能性もございます」

信長は、信鷹と近習衆が手柄を焦って、叔父上の指示に従わない可能性を言っているのだな。

「その事は以前に皆の前で話したように、影衆を近習筆頭に付けて手綱を絞っておる」

「確かに影衆が手綱を絞ってくれていますから、よほどのことが無ければ大丈夫とは思いますが、軍師と言うべき存在が御側近くにおらぬのが気になります」

「織田殿は我が息子では力不足と申されるのか」

「そうは申さぬ。御子息もただの大名の家老や軍師ならば十分務まるであろう。いや、儂が大名であった頃の家臣共よりよほど優秀かもしれん。されど女真の国との決戦を任せられるほどの経験があるとは思えん」

「信長、御前が行きたいと言うのではあるまいな」

「私とは申しませんが、真田殿に匹敵するくらいの軍師は送られるべきでございましょう」

「叔父上が気を悪くするかもしれぬと言えば、余を軽蔑するのであろうな」

「そのような言葉を、天下布武を目指される殿下が使われるとは思っていません」

「そうか。だが信長と幸隆は我が手元から離すわけにはいかん」

「若き英俊がおりましょう」

「余や方信の側近となっている者を、信鷹の下に送れと言いたいのか」

「はい」

「影衆が側にいる、問題ない」

「影州の中にそれほどの英俊がいるという事ですか」

信長がチラリと黒影の伺う仕草をしたが、黒影のポーカーフェイスはびくりともしない。

「今日の軍議はこれまでとする」

「「「「「は」」」」」



「さて、信長の言う事をどう思うか」

「確かに表向きは軍師と言えるほどの方はおられませんが、兵部卿の戦ぶりは堅実で危な気ないものでございます。小手先の策を弄そうとする、嘴の青い若武者を送ってしまいますと、それこそ兵部卿の軍略を破綻させる恐れがあります」

「そうだな。余も黒影と同じ考えだが、信長は自分が戦場に出たいのか」

「そうかもしれません。しかしながら、信長殿に兵権を与えるのは危険でございますし、殿下の軍師を信長殿1人にするのも危険でございます」

「その通りだな。だが万が一の事を考えると、信長の言う通り軍師と言えるものを送っておくべきでもある」

「軍師の能力を持った後詰を送られるのなら、戸次道雪殿が適任かと思われます。しかしながら、先程も申されたように、兵部卿と御子息方の誇りを傷つけないようになさるのでしたら、密かに送られるべきかと思われます」

「影衆の軍師を送るべきだというのだな」

「はい。あの男ならば間違いないと思われます」

「分かった。話が終わったら呼んできてくれ」

「はい。承りました」

「それで明国の事だが、いざと言う時に毒を盛ることは可能か」

今度は今まで黙って聞いていた闇影に話を振った。

「御任せ下さい。隆慶帝の側近くに影衆を潜ませておりますから、何時でも手を下すことができます」

「徐階は言うに及ばず、清濁の区別なく明国の高官を暗殺出来るようにしておいてくれ。出来れば天道に背くことはしたくないが、戦場で敵味方多くの将兵を死なせるよりは、外道と言われても暗殺した方が被害が少ない」

「調略ではいけませんか」

黒影は俺の評判を気にしてくれたのだろう、暗殺を使わないようにやんわりと諫めてくる。

「出来る限り調略に留めるし、賄賂で戦況を有利に進める事もやる。だがいざと言う時の為に、暗殺も可能な状態にしておきたい」

「承りました」

「信長の側にも手の者を送り込んでおります。疑わしい素振りを見せたら始末して宜しゅうございますか」

闇影は少々せっかちな所が有る。

「駄目だ。信長にはまだまだ働いてもらわなければならない。何か企むにしても、ある程度の兵力を確保せねば大したことはできない。常に影衆が不測の事態に備えてくれているし、余の側に近寄るには犬狼衆を殺さねばならない」

「普段はその通りでございますが、公の場で公卿衆と話される時や閨では、犬狼衆も御側を離れます」

「影衆の調べを潜り抜けて、嬢子軍に入り込めるのか」

「鷹司家も大きくなり過ぎました。全ての者を排除するわけには行かない事もございますし、手を尽くしても手からこぼれる事もございます」

「そうだな。我らが何時でも明国の皇帝を暗殺出来るように、余を暗殺出来るように手配りしている者がいるかもしれぬな」

「はい」

「分かった。気を付けよう」



「明国主要人物」
厳嵩:道教に通じ嘉靖帝に抜擢され「青詞宰相」と呼ばれる
徐階子升:厳嵩・厳世蕃父子を弾劾して退けた。
:信賞必罰を旨として嘉靖帝の恣意的な処罰を制した。
:嘉靖帝の死を機に、弊政を刷新して大礼の議での刑罰を赦免した。
海瑞汝賢:嘉靖帝に対して激しい直諫を行い投獄されたがのちに釈放された
:清廉潔白な官僚として評価を得ている
張居正:明の宰相
胡宗憲:御使・北方防備などを務める
兪大猷志輔:広東総兵
戚継光元敬:山東省蓬莱の人・登州衛
茅坤順甫:広西兵備僉事
麻禄:イスラム教を信仰する回族出身・大同参将、宣府副総兵

「韃靼(北元モンゴル)主要人物」
アルタン・ハーン:韃靼の左翼チャハル部の指導者
:モンゴル第2位のハーン
トゥメン・ジャサクト・ハーン:モンゴル帝国の皇帝
1557年に父帝・ダライスン・ゴデン・ハーンが崩御したため、翌年(1558年)20歳で帝位につく
ダライスン・ゴデン・ハーン:モンゴル帝国の皇帝
1547年に父帝・ボディ・アラク・ハーンが崩御した際、左翼三トゥメンを率いたアルタン・ハーンに攻め込まれ、ダライスン太子以下を東方に放逐した。1551年にアルタン・ハーンと和睦し、八白室(ナイマン・チャガン・ゲル:チンギス・カン廟)の神前で正式にハーンに即位した。

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