転生武田義信

克全

第179話信鷹出陣

1567年4月:沿海州・デレン城:満州遠征軍・鷹司信鷹・武田信繁他:武田信繁視点

「大叔父上、物見は戻ってきましたか」

「はい、大丈夫でございます。四方八方に老練な者を送り込んでおります」

「兵糧や弾薬の備蓄は大丈夫ですか」

「諸王太子殿下が、海軍を総動員して3年分の兵糧と武具弾薬を送って下さいました。最前線への輸送も、戦闘輸送隊や戦闘用の川船を付けて海軍衆を派遣してくださっています。全く心配ありません」

「そうでしたね。父上様に手抜かりなどありませんよね」

「はい。御安心下さい」

やはり初陣で異国の遠征軍の総大将を務めるなど、恐ろしいほどの重圧なのだろう、事あるごとに心配事を確認される。

躑躅城を任されていた鷹司信鷹王孫殿下が、実戦経験を積むために自ら諸王太子殿下に従軍を志願されたが、事もあろうに諸王太子殿下は信鷹殿下に総大将を命じられた。

勿論14歳の信鷹殿下に総大将など務まるはずもないから、実際の指揮は私が執るのだが、それでも信鷹殿下は総大将の責任を感じておられるのだろう。

まあ実際に刃を交える事などなくても、最前線に駐屯して合戦の場に立つことはとても大切な事だから、私や補佐役が全てを御膳立てして、多くの事を学んでもらう事になった。

それと信鷹殿下が去った躑躅城は、武田の故地ともいうべき重要な場所だから、縁も所縁もない者に任せるわけにはいかない。

だから今は、鷹司信熊王孫殿下が多くの補佐役の支援を受ける形で、信鷹殿下の後任城主となられている。

「味方を約束した女真は本当に信頼できるのだろうか」

「殿下」

影山元靖が厳しい口調で信鷹殿下を叱責した。

「すまぬ」

影山元靖は義信諸王太子殿下の影衆を長年務めた凄腕の忍者で、義信諸王太子殿下直々の命で側近衆の筆頭を務め、信鷹殿下を陰から守る影衆を束ねている。

義信諸王太子殿下から信鷹殿下を託されるだけあって、殿下を甘やかすようなところはないようだが、我のいない場では優しい言葉もかけてくれているのだろうか。

まだ幼いところも御有りになる信鷹殿下には、厳しいだけではいけないと思うのだ。

義信諸王太子殿下に手抜かりなどないとは思うのだが、それでも心配してしまうのは、歳をとってしまったせいだろうか。

義信諸王太子殿下は今回の遠征には並々ならぬ決意で挑まれているようで、事前に多くの戦費を費やして準備をされていた。

九州の討伐を終えられてから3年の間に、全国津々浦々の直轄地を軍役動員して開墾され、食料の増産に努められた。

しかも黒鍬兵や百姓人夫だけではなく、近衛騎兵や武士団、国衆地侍まで自ら開墾や道普請をさせると言うモノで、惜しみなく作業をする者を身分に関係なく別家を立てて直臣に取り立て、遠征軍に抜擢されるという力の入れようだった。

御蔭で今回の遠征軍に参加する者は、身分や出自に関係なく、築城や屯田作業の出来る者達ばかりだ。

更に真珠や薬、酒や砂糖などの主力商品を、北はシベリヤや千島、南はアユタヤやルソンまで輸出して、帰り船で奴隷や軍馬を購入された。

そして輸入した奴隷を戦のなくなった日ノ本内の屯田兵にされ、遠征に必要な熟練兵を常備軍から抽出された。

結果として老練な中級下級指揮官である熟練兵を基幹に据え、野心と希望を持ち訓練の行き届いた若武者や奴隷出身の足軽が配属された10万兵以上集まった。

3万5000騎の騎兵隊を含む10万5000兵のもの大軍団が、デレン城を中心に沿海州各地に分屯したため、沿海州の商業が活性化され、近隣各地から多くの者が農作物や商品を持って集まってきた。

それだけではなく、日ノ本や明国からも商機を見出した商人が集まってきたため、沿海州は未曾有の好景気となり、武田諸王家の沿海州統治に良い影響となっている。

これには空荷で日ノ本に帰るのが勿体ない武田海軍が、兵糧武具弾薬を下ろした帰りに、手当たり次第に沿海州の産物を買う事が大きく影響している。

「大叔父上、アムール川やウスリー川を活用した河川輸送ですが、大水が出た場合はどうするのですか」

「殿下も既に学ばれたと思いますが、無理な侵攻侵略は行わず、基本交易で友好関係を築いてから進軍することになっています。必ず複数の後方拠点と輸送路を確保した上で進軍します。それに先程も話に出た、味方になると申し出ている女真族の城を結ぶ道普請も行います」

「そうですか。そうでしたね。最前線を担う騎馬部隊と、後方を守る輸送隊や工兵隊で役割分担するのでしたね」

「事前に馬料を確保するのに手間取りましたが、金に糸目をつけずに現地調達したことで女真との友好も築けました。騎馬部隊は1人で2頭以上の馬を操れる強者ばかりでございます。変え馬や輓馬含めれば8万もの馬を養うのは大変ですが、この戦法なら負ける恐れは少ないでしょう」

「そうですか。そうですね。いま先鋒は侵攻に備えて、伯力(ハバロフスク)に駐屯しているのでしたね」

「はい。既に野人女真は全部族が味方を誓って参集しております。海西女真の4カ国の王は調略に応じようとしませんが、配下の部族長の多くが味方を約束しております。建州女真や明国はまだ我々の動きに気付いておりません」

「そうですか。それで私は合戦に参加できるのですか。それとも開戦をこの城で迎えることになるのですか」

「開戦までには最前線に移って頂きますが、万全の体制が築けるまではこの城に残って頂きます」

「そうですか。よしなに御願いします」

「御任せ下さい」

「では殿下、今日の鍛錬を始めたいと思います」

「分かりました」

影山元靖は信鷹殿下に武芸百般に加え、砲術の訓練をするように勧めているが、義信諸王太子殿下が子弟に課している毎日の鍛錬は厳しいものだ。

私も義信諸王太子殿下に倣って子弟や孫に同じ鍛錬を課しているが、時にこれほど厳しくしなくてもと思う事もあるほどだ。

「では私はこれで失礼いたします」

「宜しく頼みます。大叔父上」

信鷹殿下の御言葉と共に、影山元靖達側近衆が最敬礼をしてくれるが、その目は儂の一挙手一投足を油断なく見ている。

恐らく監軍の役目も与えられていて、儂や息子達に謀叛の意志がないか探ってもいるのだろう。

少々寂しい気はするが、天下百年の平和を成し遂げるには、身内の汚職腐敗と叛乱に最も気を付けねばならないから、仕方がない事だろう。

だがこのような手段は義信諸王太子殿下のやり方ではないから、信長や幸隆が独断で行っているか、兄上が命じたのかもしれぬ。

他にもやるべきことが山積している、義信諸王太子殿下に余計な心配をかける訳には行かぬから、親書を送っておくべきだな。

「誰かおるか、急ぎ伝令を送り、連絡船を仕立てるように海軍に命じてくれ」

『武田諸王国軍』
「満州遠征軍」
総大将:鷹司信鷹
側近 :影山元靖(元影衆)・飯富寅計・海野吉富・真田清鏡・小山田信茂・勝沼信定・飯富虎重・穴山信嘉
大将 :武田信繁
部将 :望月義勝・武田義元・望月義永・武田義明他、老練な老臣と有望若手
近衛騎馬鉄砲隊:  5000騎
近衛騎馬弓隊 :  5000騎
近衛武士団  :2万5000騎
近衛砲兵馬車隊:  5000兵(砲車・1000)
近衛戦闘工兵隊:2万5000兵(馬車・1000)
近衛戦闘輸送隊:2万5000兵(馬車・1000)
近衛海軍   :1万5000兵(大小戦闘川船にカッターや合小早船・合関船)
計      :3万5000騎
:7万0000兵

「沿海方面軍」
大将:武田信繁
副将:原昌胤
部将:望月義勝・武田義元・望月義永・武田義明
近衛騎馬鉄砲隊   5000騎 川部時貞
近衛武士団     2000兵
近衛足軽鉄砲隊   3000兵
近衛足軽槍隊    2000兵
足軽盾隊      4000兵
樺太衆     2万5000兵
5000騎3万6000兵

『女真族の部族』
「建州女直」満州南部周辺の山岳地帯に居住
満州女直:蘇克素滸(すくすふ)
5部  :渾河(ふねへ)
マンジュ:完顔(わんぎや)
:董鄂(どんご)
:哲陳(じぇちぇん)
白山女直:朱舎里(じゅしぇり)
3部  :納殷(ねいぇん)
フルン :鴨緑江(やるぎやんぐ)
「海西女直」開原・吉林のあたりに居住している
海西女直:烏拉(うら):吉林北方のウラを本拠地とした
4部  :輝発(ほいふぁ):ホイファ河流域を中心にウラ部の南方を勢力圏とした
:哈達(はだ):開原南東のハダ河流域を支配した国
:葉赫(いぇへ):開原北方のイェヘ河流域を本拠地とした国
「野人女直」フルン四部を除く旧海西衛分が担当した東北の女真族
野人女直:渥集部(うぇじ)
3部  :瓦爾喀部(わるか)
:庫爾喀部(くるか)

文献上は女真・女直と書くが、今後の文章は女真に統一します。

「女真族風習」
族長主:ベイレ
大臣 :アンバン
民  :ジュシェン
家  :ボー
主(エジェン):狩猟、交易、戦争を担う
奴僕(アハ) :家政、農業、牧畜を担う
奴僕(奴隷・下男・使用人で身分的には賤民)

「清国の八旗制度」
ニル  :生存男子300人
ジャラン:5ニル1500人
グサ  :5ジャラン25ニル7500兵
ニル指揮官:ニルイ・ジャンギン(佐領)
ジャラン指揮官:ジャラニ・ジャンギン(参領)
グサ副指揮官2名:メイレン・ジャンギン(副都統)
グサ指揮官:グサイ・エジェン(都統)

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