転生武田義信

克全

第178話国書偽造の大罪

1565年1月:京二条城・本丸大広間:鷹司義信・織田信長・真田幸隆・影衆・五山派僧侶・対馬宗家・朝鮮貿易をしていた者達:義信視点

「今日集まってもらったのは他でもない。前代未聞の大犯罪である、国書の偽造を行い、偽りの国使を仕立てて朝鮮と条約を締結した事だ」

信長が殺意のこもった眼で集まった者達を睨みつけている。

転生前から知っていたことだが、朝鮮との交易で米を手に入れていた対馬は、生きる為に少しでも交易条件を有利にすべく、偽の日本国王使を仕立てて偽りの国書を創作し朝鮮と交渉していた。

いや、偽りの使者と言う意味では、対馬宗氏に限らず、大内や大友などの有力大名はもちろん、対馬の地侍に九州各地の地侍、更には博多商人まで行っていた。

「一番悪辣なのは、五山派の者共が国書の漢文を任されているのをいいことに、私利私欲で内容を勝手に書き換えてきたことだ」

「違います」

「黙れ」

信長は一喝するだけでは済まさず、鍛え上げた投擲の力量を発揮して脇差の小柄を投げつけ、愚かな僧が伸ばした手の平を深々と刺し貫いた。

「諸王太子殿下はもちろん、摂家を始めとする公卿の方々が御臨席される席で、勝手に話すなど無礼千万。これだけでも貴様らの思い上がった卑しき性根が明らかだ。それでよく仏の弟子などと言えたものだな」

信長の口調には、怒りはもちろんだが、侮蔑と嘲笑が含まれ、大広間に集まった全ての容疑者に、五山派僧侶がどれほど増上慢であるか理解させていた。

そうなのだ。

今回は俺が天下を握る前の事とは言え、多くの者達が日本と言う国の代表を詐称し、個人の利益を得ていた大罪を明らかにしなければいけない。

そしてその主犯格に、多くの武家信者を持つ臨済宗の僧侶がいる事だ。

問題なのは、この臨済宗が鎌倉幕府や足利幕府と深くかかわっており、由緒正しいと言われる武家の多くが信心している事なのだ。

よって既に没落して力を失っているとは言え、名門武家の子孫にも先祖の罪を明らかにしなければいけないし、何より俺の討伐を受けずに力を残している五山派の力を削がねばならない。

そして出来れば、後の世で同じように国書を偽造するような僧が出てこないように、歴史に残るような罰を与えなければならない。

「ここに朝鮮から書写して送ってもらった国書がある。これを書いた者はどの寺の何という者か」

信長の尋問は激しく、俺と一緒に御簾の中から聞いている公卿達が震えあがるほどだ。

戦焼で多くの記録が失われてしまっていたが、俺が集めさせていた多くの記録をひっくり返して、国書偽造の罪を明らかにする証拠を探し出していた。

いかに僧達が、漢文の素養と外交文書特有の難しい礼儀作法を盾にして、足利幕府が依頼した内容を改竄していたかを明らかにしなければいけない。

賄賂を受けて、有力大名や商人に有利になるように、国の大切な政策を捻じ曲げていた巨悪を証明して、それに見合う厳罰に処さねばならない。

まあ今回のような公卿を招いての公開裁判は数回で構わない。

鷹司家や武田諸王家が、私で裁判するのではなく、国の為に公明正大な裁判をしていると朝廷が認めてくれるように、今回のような国の運命を大罪は、朝廷の要職を招いて公開裁判する制度を整えなければいけないだろう。

「国書偽造に係わった者は、例外なく死罪とする」

同じ御簾の中で成り行きを見守っていた公卿の方々の中には、死罪と聞いて身震いしている人もいるが、事が事だけに死罪以外の判決は有り得ない。

「諸王太子殿下。宜しいでしょうか」

御簾の外から信長が、我ら殿上人に確認してくる。

「死罪は当然である。だが、ただ殺したのでは、国に与えた損害を償う事が出来ない。死罪の刑はそのままに、死ぬまで鉱山で働かせるように」

隣の関白・二条晴良殿下が嫌そうに身震いしているが、これくらいの裁きを嫌がるようでは、天下の政などできはしない。

矢張り俺や信玄が権力を握り続けなければ、日本はたちまち戦国時代に逆戻りしてしまうだろう。

「承りました。坊主共の始末はそれで片付くと思われますが、そのような行いをなさしめた寺にはどのような罰を与えましょうか」

「寺領を全て取り上げる。公卿や武家の別なく、誰が寄進した土地であろうと関係なく、全て取り上げて御上の禁裏御領とせよ」

「承りました。次に宗義調と対馬の者共を取り調べる」

「「「「「は」」」」」

警備の者達が抗う僧侶達を大広間から引きずり出していく。

明日には全国の五山十刹諸山の悉くが処罰を受け、名門武家に影響力を持っていた寺も力を失うことになる。

これで政治に影響力を持っていた宗教の殆ど全てを一掃できただろう。

「奉行殿、我ら当主は生きる為に仕方なく偽使を仕立て上げました。ですから如何様な裁きも御受け致します。しかしながら女子供には責任がございません。どうか寛大な裁きを御願い致します」

「殊勝である。しかしながら貴殿らがしでかした事は、個人で償えるような些少なモノではない。米が採れぬ離島で生きるためとはいえ、朝鮮国の家臣となり通商を求める事は、日ノ本に中に朝鮮の領地を認めることになる。そのような事をすれば、朝鮮の日本侵攻を許す口実となる。まして九州や中国の国衆地侍に成りすまし、朝鮮の臣下になることは国を揺るがす大事であり、一族一門が利を受け国を売った大罪である」

「あいや、御待ち下さい」

「黙れ。取り押さえよ」

宗義調達が信長ににじり寄っていったが、信長の一喝と同時に警備の武士に取り押さえられている。

隣の二条晴良殿下が、今更事の重大さに気付いたのだろう、真っ青な顔をしている。

対馬の侍達に同情の余地がないわけではない。

信長が言っていたように、殆ど米の取れない対馬では、米を食べたければ交易や略奪で手に入れるしかないのだが、日本の本土より朝鮮半島の方が近いのだ。

江戸時代の対馬藩は10万石格の家柄ではあったが、それはあくまで朝鮮との交易に必要だから与えられた家格であり、本来なら2万石程度の実高であったはずだ。

しかもそれは、米を確保する為に肥前に飛び地として1万石の領地があった時の石高で、今の宗家は対馬以外の領地を失っている。

対馬だけでは、どう多く見積もっても米で5000石は超えないだろう。

麦などの雑穀を入れても2万石以下しかない。

どれほど屈辱を受けようと、命懸けの倭寇となろうと、食い物を確保するしか道はなく、倭寇を止めるなら偽使をでっちあげても交易量を確保するしかなかっただろう。

だがこれは、信長にも言わせたが、未来の日本と朝鮮の領土問題を考えれば、絶対に見過ごすわけにはいかない。

日本の軍事力が朝鮮を上回っている間はいいが、一度朝鮮の軍事力が日本を上回れば、不当に占領された朝鮮王国の領地を取り返すと言う、侵略の大義名分にされてしまう。

俺が生きている間に、対馬や九州の国衆地侍が朝鮮国から受けた官位は、あくまでも交易の為の方便であり、対馬や九州中国にある領地は、日本のものであると両国で文書を交わしておかねばならない。

「朝鮮との交易を行うために、対馬や九州中国の御家人と詐称し、朝鮮国から官位を受けた者は死罪とする。またその一族一門で利益を受けた者も死罪とする」

「殿下。どうか御慈悲でございます。元服前の子供達だけでも除名願います」
「御願い致しまます」
「御慈悲でございます」

「黙れ」

信長の一喝を受けて、今度も警備の武士達が罪人どもを板の間や庭先に抑え込んでいる。

俺達殿上人は、畳の敷かれた一段上の御簾の奥に隠れているが、他の者達は身分に応じて大広間の板の間か庭先にいる。

身分差に五月蠅い公卿達が同席しているから、大広間に上げることが出来ない者も多かったのだ。

「さりながら、先程諸王太子殿下が申されたように、何の償いもさせないで処刑するわけにはいかぬ。よって当主は死ぬまで鉱山で働いてもらうとして、一族一門衆には罪を償うためにどうしていただきましょうか」

打合せ通り信長が確認してくる。

「一族一門衆には罪を償う機会を与える。当主と同じように死ぬまで鉱山で働いてもいいし、侍として戦で手柄を立てて償っても構わん」

「男達はそれで構わないでしょうが、女はどういたしましょうか」

「奴隷制度を廃止した以上、罪があるとはいえ嫌がる者を無理矢理遊女にするわけにはいかん。嬢子軍に加わるか、知る辺に嫁いで一生懸命その家を繁栄させるように努めるか、好きにさせるがよかろう」

「は。承りました」
「ありがとうございます」
「この御恩は末代まで忘れません」

はてさて、とんだ三文芝居ではあるが、一応日本の中でやるべきことは終わった。

鷹司家と武田諸王家に加え、朝廷でも公式な裁判記録として残すことが出来る。

後は朝鮮との交渉だが、慌てずじっくりと行う事になっている。

シベリヤ、満州、アラスカに多くの将兵を送ることになるから、今は朝鮮と戦端を開く訳にはいかない。

朝鮮と戦うことなく有利な交渉をするためには、沿海州と満州を併合し、その事を明国に認めさせなければならない。

今の日本の人材と戦力なら、多方面作戦も可能だと思うが、実際にそれを行うのは愚か者だけだ。

「今日の裁きをはこれで終わりだ」

やれやれ、この後は公卿達との酒宴だが、俺はお茶でも飲んで過ごすことにしよう。

五山派:足利幕府が寺を統制する為に導入した五山十刹諸山の寺格制度
:別格・南禅寺
:京都五山・天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺
:鎌倉五山・建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺

宗義調:対馬宗氏17代当主
生没年:1532年~1589年1月28日
:1555年の乙卯達梁の倭変において、朝鮮の倭寇対策に協力
:1557年に丁巳約条を締結した。
:偽日本国王使を仕立てて朝鮮と条約を締結
:倭寇の取り締まりを条件に宗氏の歳遣船を年25隻から30隻に

宗茂尚:対馬宗氏18代当主
:15代当主・宗将盛の長男
宗義純:15代当主・宗将盛の次男
宗義智:15代当主・宗将盛の四男

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